第15話『特別講習』

 時刻は早朝。

 天気は良好で青い空に、花下の月による季節特有の心地よい温度とほんの僅かに冬の余韻を感じさせる爽やかな風が新緑を揺らしている。


 場所は、表に聳え立つ古城のような校舎魔法専門学校の裏手。仮生態保護区域と呼ばれる、小さな箱庭……と呼ばれるよりは箱森と言った方が正しい場所である。


 そんな森の開けた場所に、3人の人影があった。

 そのうちのひとつ、長身の男性はふたりの生徒に話す。


「特別講習に呼ばれるヤツって言うのは、いくつかの区分がある」


 男性の特徴といえば、顔に張り付いたような濃いヤギ髭と魔術師らしくない盗賊のような格好をしているところだった。

 そのことを話を聞くふたりの人物のうちのひとり、メアリーは不思議に思いながらも彼の言葉に耳を傾けている。


「ひとつは知識ばかりで実践に乏しいヤツ、その逆、実践ばかりで頭を使わない感覚派のヤツ、どれも平均的にできるが故に中途半端なヤツ……」


 男性はあらためて目の前にいるふたりに、視線を向けた。


「それと、ずば抜けた才に恵まれた代わりに常識が足りていないヤツ、お前らがそれだ」


 メアリーは両手指を絡ませて気まずそうに俯き、もう一人の女性とは不服そうに鼻を鳴らした。

 それぞれの反応を見せる生徒たちに、男性は自己紹介をする。


「それで俺が、そういうヤツらの担当バニス・グレン・フォードた。質問は?」


 ふたりの生徒の内、メアリーではないもう片方の女生徒が手を挙げた。

 容姿で言えばメアリーと大差ない年齢のようで、黄金色のミディアムショートの髪に蜂蜜瓶を覗いたような深い黄色の瞳の持ち主だった。


「おまえ、バニスと言ったな、年はいくつだ」

「はあ、今年で40……いくつかだったかな」


 それを聞いた彼女はわざとらしく咳払いをした後、腕を組み無愛想にバニスヘ忠告をする。


「ふんっ、吾輩は1320歳なのだ、敬うがいい」


 そして訪れた静寂、聞こえるのは小鳥のさえずりや木々のざわめきのみ。

 メアリーは形容し難い気まずさに何か言うべきかと思案し、男はというと頭をかいて困った素振りを見せたあと慣れたような口調で話し出す。


「まあ確かに、人生の大先輩なことに違いは無いが、ここに居るからにはあくまで教師と生徒の関係性なんだ、わかって貰えるとありがたい」


 その説得に、彼女は気に食わぬ顔をしていたがなにか考え事をするように目を瞑ると、1度ゆっくり頷いた。

 それを肯定と受け取った男はほんの一瞬安心したような表情を浮かべて、魔法学校のこと語り聞かせる。


「それにだ、この学校は年齢じゃなく実力が重視される、いくら年齢が高くとも実力が見合わなければ学年は上がらないし、その逆も然り、年齢が低くとも実力さえあれば卒業まであっという間だ」


 話を聞いていると、メアリーの鼓動は期待ともにさらに高鳴る。

 どのような魔法や技術、文化を見て聞いて体験できるのかどうかを街の列車や晶盤のことを思い出し想像して、思い馳せた。

 一方で隣にいる女生徒は、どこか不貞腐れたように話を聞いている。


「実力は月ごとのテストで計られる、1年を通したテストの結果によって学年が上がるかどうかが決まる」


 彼、バニスは生徒ふたりを交互に見下ろし、真剣な表情になる。


「メアリー・ホーソン、アリスタ・カルバドル、この特別講習期間に2人には学びながらそれぞれ課題をこなしてもらう」


 女生徒、アリスタと呼ばれた彼女は退屈そうに小さく2度頷き、メアリーもそれに続くように頷いた。

 初めて隣の彼女の名を知ったメアリーは、挨拶をするため声をかけようと口を開く。


「えっと……」


 しかし、気難しそうな相手だ。どう声をかけていいかわからず言葉が続かなかった彼女をしり目にアリスタのほうがそのメアリーの言葉を拾った。


「吾輩のことはスターと呼ぶがよい、皆にはそう呼ばれておった」

「……!うん!スターさん、一緒に頑張りましょう」

「うむ、吾輩は君をメアリーと呼ぶぞ」

「ありがとう」


 先程と印象とは違いアリスタは気さくなお姉さんと言ったようにメアリーは感じとった。

 生徒同士がうまくやれそうなことに、不安がひとつ減った教員バニスはほっと胸をなでおろす。


「仲良くやれそうでよかった、よしそれじゃあさっそく、授業を始めよう」


 そうして、これから授業が始まるのであった。

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