第6話『第二試験、面接』
筆記試験後、さらに細かく分けられてそれぞれが部屋の前で待機していた。
メアリーも、部屋の前でほかの受験生たちと並んでいる。ほかの受験生たちから緊張がよく伝わってくると、それにつられるようにメアリー自身も緊張してしまっている。
「ねえ」
「は、はい!」
後ろから声をかけられて少し慌てながら、振り返ると10代くらいの若い女の子が1人。最後尾らしいその女の子は、緊張をしている様子はなかった。
「待ってる間って、暇よね」
「あ、ははぁ、そうですね」
夏空のように明るい青い髪、ずっと奥深くの深海のように暗い青色の瞳をしている女の子だ。
メアリーは、ずっと年下であろう女の子にどう接すればいいものか迷い次に繋ぐ言葉を頭の中にぐるぐると巡らせている。
「魔法、どんなのが好きなの?」
「え、えっと……花を咲かせる魔法とか、かな?」
「ふふ、面白いわね、それ」
「あは、はは……」
可笑しそうに笑う女の子に合わせてメアリーはも笑うが、何が可笑しかったのかはメアリにーは分からない。
ただ、なにかのジョークのように捉えられたらしい。
「あ、そうだ、私はアイアミよ、お互い合格できたら、よろしくね」
「うん、よろしくね、私の方はメアリー」
「メアリーね、覚えておくわ」
人との会話は、メアリーにとってとても新鮮なものだった。話す以前の緊張を、アイアミと会話を交わしたことによる胸の高鳴りが上書きしていた。
「え、えっとここ凄いですよね、お城みたいで…」
「メアリー、それより、前」
「え、ああ!?」
前の列は消え去り、扉から離れた場所にメアリーが取り残されていた。
教員が扉から、心配そうに顔を覗かせて目が合ったメアリーに手招きをする。
「ご、ごごごめんなさいっ!」
部屋に入ると、煌びやかな装飾が飾り付けられてある。主に金を基調とした様々なお守りなんかが部屋を彩っている。
教員に促されるまま、メアリーはソファに腰をかける。
「あまり固くならないでね、面接なんて言うけれど、単純に質問をするから、それに応えてくれればいいからね」
「…ぁい、はい!」
教員は、派手なおばあさんだった。
見た目の派手さとは裏腹に、声のトーンはとても優しくメアリーは少し落ち着くことができた。
おばあさんと言っても、年齢だけで言うとメアリーよりもずいぶん若いのだが。
「ではまず、お名前を聞かせてください」
「メアリー・ホーソンです」
ソファの座り心地がとてもいいらしく、メアリーは我が家の寝床との感触の差に少し気分が沈んだ。
間違いなく、そんなことを考えている場合でもなければ場面でもない。
「我が校への入学希望の理由を、教えてください」
「えっと、まだ、そういうのはあんまり分からないですけど、でも、とにかく私は」
メアリーは言われた通りに、単純に質問に対する答えを自分の心に問いかけながら答える。
「今を見たいです、もっと色んなことを知りたいんです」
「知識の探求、ということでいいかな?」
「それです!そんな感じです」
もとより飽くなき探究心が、その果てることの無い好奇心が魔女メアリーの現在までの生きた軌跡を残しているのだった。
メアリーは一度逃げた、そしてまた戻ってきた。
それもこれも、メアリーの好奇心と探究心が求めたからである。
「なるほど、それじゃあ得意な魔学の分野を教えてください」
「ぶ、分野……?」
魔法の分野。
メアリーにとって、魔法は全て魔法なのだ。分野として区分するという発想すらなかったのだから彼女がこの質問を答えるのは難しい話だ。
「魔石学、調合学、詠唱学、詠唱学の中でもヒールやサポート魔法を得意としていたり、その逆、魔物を退治するための力、攻撃魔法、その中でも様々な属性がありますよね」
並べたてられる専門用語に、たじろぐしかないメアリー。
その中でも、少し聞き馴染みのある言葉を掻い摘んで、何とか話を成立させようとする。
「え、えっと、調合学?は、お薬を作ったりですよね?」
「そうね、代表的なものはポーションだったりよ」
「そっ、そらなら調合学、私得意です」
それならと、魔女は日常のように調合を楽しみ様々なポーションを作っているのだからと言い切ってみせる。
逆にこれが得意でなければ、何なら得意と名乗っていいのか!とそれほどに自信を持っていた。
「調合学が好きって子は少ないから、なんだか嬉しいですね、さて次は契約している使い魔がいたら、教えてくれるかな」
メアリーは足元でゴロゴロと脱力している黒猫を、なんとか膝上まで持ち上げて、上半身だけでもと机の上まで顔を出させた。
「この子です」
「こんにちにゃーす」
抱き上げて、やる気のない黒猫を教員のおばあさんに見せつける。
ダラーンと伸びきった猫は、びっくりするくらい長い。
「それは使い魔ではなくペットですね」
教員は一瞬、黒猫を見たあと、すぐに視線を落として手元のボードになにやら記入を始める。
「にゃんやて」
黒猫は、衝撃のあまり口をポカーンと開けながら、メアリーに抱き上げられて体もだらしなくぶら下げていた。
「使い魔というのは、犬や猫などを飼うことではなくて、例えば妖精や竜などと正式な契約を結ぶことで得る関係性の事ですよ」
黒猫の声を言葉として受け取ることが出来るのはメアリーだけなのだ、いくら黒猫が鳴いても教員は気にもとめない。
「契約しましたよ…?」
「したにゃね」
黒猫とメアリーは目を合わせながら、一応訴えかけてみた。けれど教員のおばあさんは笑顔でため息混じりに息を吐いて諭すように優しく話す。
「きっとこれから、学ぶ機会があるはずです、少なくとも我が校に入ることが出来たなら、必ず知ることが出来ますよ」
「おうおう、昔は猫とか梟が主流だったんだからにゃ?舐めてると猫パンチ食らわすにゃよ」
黒猫は渋い顔で教員を睨みつけた、メアリーは今にも飛び掛りそうな黒猫をもう一度膝の上に抱き寄せて頭を撫で付ける。
黒猫は仕方がないといったふうに、ふんっと鼻を鳴らす。
「でも、常識の範疇なので、できればわかっていて欲しかったですけれどね」
「あぅ……」
今の夜の常識に疎いというのは、メアリー自身も気づいている。そのことについては反論の言葉さえ思い浮かばなかった。
時が経ちすぎて、全く別の世界を見ているような気分のメアリーは頷く、というより唸るほかない。
「次が最後の質問になります、あなたが大切にしていることを教えてください」
「えっと、それは……」
大切にしていること。
メアリーが思い浮かべたのは、家族、家、食事。
家族は、梟と黒猫の2匹。ずっと昔から、この2匹と暮らし、同じ家に住んで、食事をして、魔法を探究し続けて、そうしてメアリーは孤独を感じずに生きてきた。
2匹とひとりで、魔法を研究し続けた。
何のために?
メアリーは自分に問うてみた。今まで考えたこともないはずなのに、なぜだかそのことが引っかかった。
ひとりで、魔法を、誰に見せる訳でも無く、誰かのためでもなく、何か成したいことがあるわけでもない。それなのに、魔法の真髄を追い求め続けた理由は。
「好奇心、です?」
「疑問形ですか」
「好奇心です!」
メアリーはそう言い切った。
きっとそれが、自分自身にとって最も必要で最も重要なことだとそう思ったから。メアリーは、それを選んだ。
「好奇心を大切にするというのは、学ぶ姿勢としては十分に相応しいですね」
教員のおばあさんは微笑んだ、真っ赤な口紅がまるで今にでもひとりでに自律して動きだしそうだと、メアリーは笑顔ではなく唇を見つめていた。
「はい、面接はおしまいです!お疲れ様、この紙に書いてあることに従って次の試験に向かってね」
「はい、ありがとうございました……」
紙を手渡され立ち上がったメアリーは一度礼をして、扉まで歩いた。
扉を開くと、アイアミと目が合う。アイアミは肩にぶら下がる氷のような一角を持つカーバンクルを、優しく撫で付けていた。
「次の方どうぞお入りください」
「またね」
すれ違う時、アイアミはメアリーにそう囁いた。
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