第5話『第一試験、筆記』
青いローブを着た人に続くと、校舎内の教室に案内された。
お城のような校舎内の重厚な装飾が、緊張感と共に重くのしかかる。
「では、筆記試験を行います、10時きっかりに梟が鳴きますので、それが試験開始の合図です、終わりの合図も同様に、11時に梟が鳴いて知らせます」
教卓の上に設置された大きな時計が、これまた重い音を立てながら時を刻んでいた。木製の歯車が、威嚇するように回転し続けている。
「なにを……筆記するのかしらね」
魔女、メアリーは大抵のことは知っていると、自負しているけれど。
今回ばかりは、そうもいかず。自身の無知の知に、喉元が締め付けられるような感覚に襲われていた。
『ドゥオオオオォゥ……ドゥオオオオオオオゥン……』
「ひゃっ!?」
到底フクロウの鳴き声とは思えないような、心臓に響く大きな低音が部屋に鳴り響く。
時計の地獄の門のような所から、大きな梟が現れた。
試験が、始まった。
《問1.生活の身近にある魔法、ですがその魔法を発見した人物の名前を次の欄から選びなさい》
用意されていた綺麗な羽根ペンを手に持って、問題用紙に目を通す。
(私より先に発見した人なら、時代的に知り合いに居そうな気もするけど、けど知らない名前ばっかり……)
メアリーははるか昔、魔法が全くと言っていいほど認知されていない頃から、ひとり魔女として生きてきた。
母親も父親も居らず、最初から今に至るまでその存在は魔女として在り続けている。
故に彼女の魔法は誰から教わったものでもない、その上ほかの魔女と関わる機会もほとんどなかった為、この問題に答えられるはずがなかった。
(あ、この名前、たしか、昔に聞いたことある気がする)
選択肢の中に、ひとつ馴染みのある言葉の並びを見つけた。
────ニコラス。
後に続く名前には覚えはないけれど、魔女はこのニコラスという言葉が底無しに深い過去の記憶によく浸透した。
(そうだ、私の家に迷い込んだあの時の少年の名前だったような気がする)
いつの日か、魔女の森に1人の少年が迷い込んだ。
魔女の森は、招かざる客にはとても厳しい。ただこの魔女においては、少年を見殺しにするほど外の人間に厳しい訳でもなかった。
(魔法を見せたら、すごく喜んでくれたっけ)
ひとりぼっちだった魔女にとって、その少年との出会いはとても心に残った出来事で。
そして同時にそれは、心に決して癒えない傷を残す結果を招いた、元凶でもあった。
(どうせ分からないし、これでいっか)
ニコラスの部分に丸を書いて、次の問題へと移った。
《問2.魔法の発展による技術革新の名称を答えなさい》
魔法の発展。
そんな言葉が、自身の書いた調書以外から聞けるなんて思ってもみなかったメアリーはその文面をしばらく見つめて
そして、分かるはずもなかったので次の問題へと移った。
《問3.魔物の活性化に伴い、発足されたギルドとの共同組織の名称を答えなさい》
魔物というのは、遥か昔から、魔法が人々に恐れられたあの歴史よりも太古から人間と共に刻まれてきた。
魔物は人間を害し、人間は魔物に対抗する。そうして、人類は進化してきたのだ。
そんな歴史を見守ってきたメアリーなら、歴史のいかなる疑問など簡単に暴かれるはずだった。
(あ、だめだ、歴史の問題なんてほとんど分からない)
しかしメアリーは、一切外界との関係を持ってこなかった。歴史の行く末など、見てすらいなかったのだ。
少し後悔しながらメアリーは魔法の詠唱や薬の調合、魔法の基礎知識など自分の分かるところだけを見つけ出して解き進める。
メアリーは、過去に起きた大きな戦争も、政治の出来事も、時代の移り変わりのことも何も知らなかった。そういった問題を見る度にひとつひとつ驚く。
『ドゥオオオオォゥ……ドゥオオオオオオオゥン……』
時が経ち大きな梟が、また腹の底を揺らすような音で鳴る。
魔女が胸を撫で下ろしながら、小さくため息をついて。猫はというと大きな梟のオブジェを、耳を塞ぎながら睨みつけていた。
「試験終了!紙は裏を向けてその場に置いておいてください、次の試験に向かいます、私に続いてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます