05話 『復活の祭壇』
教会の扉を開けて、正面奥。
普通なら聖石室があるはずの部屋の前に、巨大な建築物があった。
基礎の部分は石で作られていて、その上に、木と金属で
おそらく、これが復活の祭壇というやつなのだろう。
祭壇には、お酒や果物、貨幣が供えてある。
「おや、来訪者かな?」
そう言って、端の方に置いてあるソファーから立ち上がったのは、老齢の男性。
白い髭を胸の中央辺りまで伸ばしている。
その隣に立っているのは……神官服を着た、ショートヘアの女性。
「こんにちは。あなたが、司祭様でしょうか?」
教会の奥へ歩きながら、動揺を悟られないように話しかける。
老人は、ゆっくりと頷いた。
「いかにも。その任を拝命している、ウラジーミルという者だ。まずは、名前を聞いても?」
「私は、アル・シュバルツと言います。こちらは――」
「エトナ・シュバルツです」
俺とエトナが名乗ると、ウラジーミルは朗らかに笑った。
「ようこそ、カザンブルクへ。シュバルツという姓に聞き覚えはないが、どの辺りですかな?」
「王国南東部の伯爵領です。ここまでおよそ、二ヶ月ほどかかりました」
「おお、それほど遠方まで、この街の噂は広まっているのですな」
そう言ったウラジーミルは、靴音を響かせながら祭壇の前へと向かった。
「こうやって話しているのもいいが……わざわざこの街まで来られたということは、よほど会いたい人がいるということ。雑談はほどほどに、本題に入りましょうか」
ウラジーミルは、俺とエトレナを順に見ると、祭壇正面の床を手で示した。
「どちらかお一方、そこで、祭壇に向かって最敬礼をしていただけますかな?」
「はい」
エトレナをちらっと見てから、俺は前に進み出た。
最敬礼をすると、頭の上からウラジーミルの低い声が降ってくる。
「アル殿の、もう一度会いたい人。その人のことを、強く心の内に思い描くのです。鮮明であるほどに、願いが届く可能性が高まります。
強く、強く、その人のことを、思い描きなさい」
ウラジーミルの声を聞きながら、俺は周囲に警戒を向けていた。
ウラジーミルは人間ではない。アレ――つまりは、魔物と関係のある何かだ。
そして、ウラジーミルの傍に控えている神官……あれは、モスロ・ビンスク教会の神官だろう。
ショートヘアという特徴と一致するのは、最初にカザンブルクを訪れた……名前は忘れたが、その神官だけだ。
そして――祭壇の奥からは、濃厚な気配がする。
魔物本体ではなさそうだが……確実に、魔物と関係する物だろう。
頭の中を、疑問が渦巻いている。
一つ分かることは、ここは敵地のど真ん中だということだ。
最大限の警戒をしないといけない。
――結局、攻撃されたりすることもなく、ウラジーミルが俺に声をかけてきた。
「よろしい。願いは聞き入れられたことでしょう」
石床から立ち上がると、今度はエトレナの番だった。
最敬礼している様子を、無言で見守る。
数分ほどして、ウラジーミルはエトレナに声をかけた。
さっきの行動にどんな意味があったのか分からず、エトレナと並んで困惑していると、ウラジーミルは優しげな笑顔を浮かべながら言った。
「無事、願いが聞き入れられたならば……深夜に、復活した死人が、あなたたちの元を訪れるでしょう。
もしも、誰も訪れなくとも、心配する必要はありません。明日また、ここに来てください。
祈祷を繰り返していれば、いずれは、願いが聞き入れられるはずですから」
それで、終わりのようだった。
思ったよりもあっけなく終わったので、拍子抜けした気分で教会を後にする。
道を少し歩いた時、エトレナが話しかけてきた。
「今晩、幽霊が私たちの元に来るんでしょうか?」
「幽霊?」
「あっ、例のアレのことです。アレとかソレだと、分かりづらいので」
なるほど、幽霊か。
たしかに、しっくりくる呼び名だ。
俺は頷きつつ、エトレナに目を向けた。
「実際にたくさん幽霊が歩いているわけですし、充分可能性があるでしょうね。……怖いですか?」
エトレナは、不満そうに唇を尖らせた。
「馬鹿にしないでください。子どもじゃないんですから、怖がったりしません」
「それは失礼しました。……まあ、それについては、今晩のお楽しみに取っておくとして――」
そこまで言った時、背後に迫っている気配に気付いた。
こちらが気付いていることに気付かれるわけにはいかないので、適当な話をエトレナに振る。
「そういえば、荷物をずっと背負っているのも疲れますし、宿を取りませんか?」
「あっ、たしかにそうですね」
エトレナは、赤色の瞳を周りに向けて――ようやく、気配に気付いたようだった。
数秒後に、背後から声をかけられる。
「お二人とも、ちょっといいですか?」
振り返ると、ショートヘアが立っていた。
「どうされましたか?」
「『青の騎士』様ですよね?」
俺の顔を真っすぐ見ながら、ショートヘアは言った。
想定外の事態に固まっていると、ショートヘアは続けて言った。
「私は、モスロ・ビンスク教会のアナスタシアと言います。以前、王都教会にいたことがあって……あの日に、アル様のことをお見掛けしたんです」
あの日、つまりは謀反が勃発した日か。
王都教会にはたくさん神官がいたし、そもそも、あの時の俺に周りに目を向ける余裕なんて無かった。
見覚えは全くないが……本人が見かけたと言うなら、そうなんだろう。
苦虫を嚙み潰した気分でいると、アナスタシア神官は俺に両手を差し出してきた。
「アル様にずっと憧れてました! その……握手していただいても、よいでしょうか?」
――
個室の部屋がある場所。
俺がそう要望すると、アナスタシア神官は、高そうなお店に案内してくれた。
温かい紅茶と、アップルパイ的なデザートを前にして、エトレナは目を
とはいえ、さすがに初対面の相手の前でガッツクことはせず、上品な手つきでアップルパイを食べている。
「それで……アナスタシア神官は、こんな場所で何をやっているのですか?」
単刀直入に聞くと、アナスタシア神官は苦笑を浮かべた。
「私……兄がいたんです」
細い鎖でできたネックレスを外して、それを机の上に置く。
ネックレスには、教会の印――三つの円を組み合わせた印の、銀飾りが下がっている。
「王都で、金物細工の工房に弟子入りしてて……これ、私が『儀式』で選ばれた時に、お祝いでくれたものなんです」
エトレナが、アップルパイを食べる手を止めていた。
静かな部屋に、アナスタシア神官の声が響く。
「その二年後に、兄は処刑されました。私の目の前で、首を斬られました。
……私には、何もできませんでした。何もできないまま、それを見ていました」
真っ白な手で、ネックレスの飾りを撫でながら……アナスタシア神官は、俺に目を向けてきた。
「もう一度会いたい。会って、あの時のことを謝りたい……ずっと、そう思ってました。
この街の噂が教会まで届いて、カザンブルクを調査をすることが決まった時、私は真っ先に手を上げました」
強い意志の宿った瞳を見つめ返しながら、俺は淡々とした声で言った。
「それで、魔物に協力することにした、というわけですか?」
「はい」
「教会典範違反ですよ」
「分かっています」
俺は紅茶を一口飲んでから、アナスタシア神官に聞いた。
「それで、どうしますか? 私たちを殺しますか?」
エトレナの手には、青色のナイフが握られている。
俺も、いつでも戦闘に移れるように準備していると――アナスタシア神官は、慌てた顔で両手を上げた。
「い、いえっ! そんなつもりじゃ……」
「……なら、どういうつもりですか?」
アナスタシア神官は、俺とエトレナの顔を伺いながら、おずおずと言った。
「その……アル様と、エトレナ聖官も、こっち側に来ませんかって、誘うつもりだったんです」
「誘う?」
エトレナが呟くと、アナスタシア神官は頷いた。
「この街に起こっていることは魔物が原因だと、私も理解しています。
でも……何か悪いことをしているわけじゃありません。魔物のおかげで、私たちはずっと会いたかった人と、幸せに暮らせています。
お二人にも、会いたい人がいるんじゃありませんか?」
悪いことをしているわけじゃない……たしかに、そうか。
少なくとも今日見た限りでは、カザンブルクの住民は、全員幸せそうに見えた。
だが――
「今は、そうかもしれません。ですが、今後もそうとは限りません。
放置し続けていれば、いずれこの街の魔物は、神官や聖官の手に負えないほど強大な力を蓄えます。
そうなった後に、何か悪いことを始めたらどうするつもりですか?」
俺は紅茶を一口飲んで、椅子から立ち上がった。
机を周って、アナスタシア神官の隣に立つ。
肩に手を置きながら、俺は言った。
「アナスタシア神官も、そんなことは分かっているはずです。その上で、あまつさえ私たちを勧誘しようとした――」
軽く電気を流すと、アナスタシア神官は身体を震わせた。
「死にたくなければ、正直に答えてください」
エトレナが、驚いたように俺を見つめている。
その視線を気にしないようにしながら、俺はアナスタシア神官に意識を向けていた。
「魔物の、本体の居場所を知っていますか?」
「……いえ」
「魔物に協力しているのですよね? それなのに、居場所を知らないのですか?」
「……協力していると言っても、積極的に魔物を倒そうとしてないだけです。指示を受けてるわけじゃありません」
「そうですか……他にも二人、神官がいるはずですよね? 彼らも、アナスタシア神官と同じように、協力しているのですか?」
「……はい」
俺は肩から手を放して、机の上に銀貨を一枚置いた。
怯えたような目で、アナスタシア神官が見上げてくる。
俺は、その顔を見下ろしながら言った。
「任務放棄したことについては、釈明の余地はありません。
ですが、気持ちは理解できます。処分を軽くするように、口添えしておきましょう。
この街の魔物は、私たちが倒します。それまでは……好きなように過ごしていてください」
○○○
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