04話 『死者に会える街 後編』



 日が沈むのは、予想よりもずっと早かった。


 三つ目の村に着いた時には、既に暗くなり始めていた。


 俺は火を焚き、エトレナは夕食の用意をする。


 エトレナは料理が上手い。教会印の栄養バーをすり潰し、つみれ汁的な物を手早く作ってくれた。


「……それにしても」


 一瞬で食事を終えたエトレナが呟いた。


「ナターシャ神官は、カザンブルクが廃墟だって言ってましたよね? でも、カロルさんは、たくさん人が住んでるって……どっちが正解なんですか?」


「実際にその目で見てるわけですから、カロルさんの言っていることの方が、正しいでしょうね」


「それじゃあ、ナターシャ神官は、私たちに嘘をついてたんへふへ……」


 荷物からおもむろに栄養バーを取り出したエトレナは、それに齧りつきながら言った。


「……エトレナ」


「必要な分しか持ってきてない、ですか? でも、カザンブルクに人が住んでるなら、現地で手に入りますよね?」


 論破されてしまった。悔しい。


 俺はエトレナの言葉をスルーして、真面目な表情を浮かべた。


「あくまで私の意見ですが、ナターシャ神官に嘘をつくつもりは無かったと思いますよ。

 ちゃんと情報収集をせずに、中央教会に丸投げしただけではないかと」


 俺はつみれ汁をすすってから、白い息をはいた。


「ともかく、分からないことが多すぎます。実際に自分たちで確認するしかないですね。

 二日後に、カロルさんたちがカザンブルクに到着するので……それまでは、目立たないように調査を進めましょうか」



 ○○○



 翌朝、俺たちはカザンブルクに到着していた。


「どのようなご用事で、来られましたか?」


 街門に立っていた衛兵から、入街審査を受けていた。


「噂を聞いて、来たのですが……」


 俺がそう答えると、衛兵は嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「それはそれは、よくぞ来られました! ということは、そちらのあなたも?」


「はい!」


 エトレナは、まるで純真な少女のように見えた。


 エトレナの返事を聞いて、衛兵はさらに笑顔を深めた。


 機嫌よさそうに、道を開けてくれる。


「でしたら、復活の祭壇を訪れると良いと思いますよ。――ようこそ、カザンブルクへ!」


 衛兵に会釈をしてから、俺たちはカザンブルクに入った。


 そこには、大きな街が広がっていた。


 石の黒色と、雪の白。


 モノクロに彩られた街からは、無骨な印象を受ける。


 遠くの方には、旧領主城らしき建物。


 装飾なんて小洒落たものは見当たらない。頑強という言葉を形にしたかのような、強い威圧感のある岩城が見える。


 城に並び立つようにして、黒い尖塔が三つ見える。旧カザンブルク教会だ。


 宝玉が冠されているはずの三つの頂に、その輝きは見当たらない。神聖さが失われて、どこか不気味な印象を受ける。


 ――二つの巨大な影に見下ろされながら、少なくない数の人が、石畳の道を歩いていた。


 茶色や黒、黄色。たまに白。


 もこもこのコートが、モノクロの中を動いている。


 ちなみに、俺たちも似たような格好をしている。


 俺は茶色、エトレナは黄色のコート。


 どちらも、カロルさんの商品に含まれていたものだ。無料でくれるということなので、ありがたく使わせてもらっている。


「……とりあえず、復活の祭壇とやらに行ってみますか」


 隣を見ると――エトレナは、何やら真面目な顔を浮かべていた。


「……どうしました? 何か、異常でも?」


「アルさんっ! あそこ、美味しそうな匂いがします!」


 俺の袖を引きながら、エトレナは少し離れた場所を指差した。


 想定外の返答に困惑しつつ、俺はエトレナの指す方向に目を向けた。


 建物の一階がお店になっているらしく、そこから肉が焼けるような匂いがする。


 ……俺はため息をつきながら、懐から銅貨を取り出した。



 ――



 店内には、二組の客がいた。


 三十代くらいの夫婦と、十歳前後の姉弟。


 四十代の男と、二十代の女。


 横目で客たちの様子を観察してから、俺はエトレナに目を向けた。


 エトレナはローストビーフ的な物を、一心不乱に食らっている。


「……何人が、人間だと思いますか?」


 小声で聞いてみると、エトレナは大きく頬を膨らませたまま、店内に目を向けた。


 ゴクリと喉を動かして、赤色のジュースを飲む。


「二人、だと思います」


 ……俺と同意見だな。


 それぞれのテーブルには、人間が一人ずつしか座ってない。それ以外の四人は……何か別のモノだ。


 エトレナみたいに見えるわけではないが、気配で何となく分かる。


 一般人より気配が強いのに加えて、どこかのっぺりとした印象を受ける。


 魔物とは、ちょっと違う気がする。けれど、人間でないことはたしかだ。


 ……俺は、自分の前に置かれていた皿を、エトレナの方に滑らせた。


「あまりお腹が空いていないので、私のも食べていいですよ」


「本当ですか!」


 キラキラした瞳を、エトレナは向けてきた。


 その顔を見ていると……何かを、思い出せそうな気がした。


 ぼんやりとした記憶を探りながら、エトレナの顔を見つめていると――


「な、なんですか?」


 エトレナは食べるのを止めて、俺にジト目を向けてきた。


「……いえ、なんでもありません」



 ――



「すみません」


 道行く人を観察していた俺は、二十代半ばくらいの女性に声をかけた。


「はい?」


「復活の祭壇に行きたいのですが、どこにあるかご存じですか?」


 俺が言った瞬間、女性は顔に喜色を浮かべた。


「あら、新しく来られた方なんですね!」


「はい。今朝来たばかりで」


 女性は嬉しそうにうんうんと頷くと、満面の笑みで言った。


「よければ、案内しますよ!」


「えっ、いいんですか?」


「もちろんです!」


 エトレナと目配せをしてから、俺は女性に案内をしてもらうことにした。


 女性――テレサさんは、二十日ほど前にカザンブルクに来たのだという。


 それまでは王国中央部に住んでいたらしいが、二ヶ月ほど前に噂を聞いて、遠路はるばる来たんだとか。


「モスロ・ビンスクから距離があるのに、よく一人で来られましたね」


 不思議そうな顔でエトレナが言うと、テレサさんはキョトンとした表情を浮かべた。


「お二人は、乗り合いソリを使わなかったんですか?」


 テレサさんが言った瞬間、エトレナはしまった、という顔をした。


 俺は動揺を表情に現さないようにしつつ、冷静に頭を働かせた。


「私たちは、冒険者をしていたので、雪道に慣れているんです。それでも、ここまで来るのは大変でしたが……乗り合いソリというのは、なんでしょうか?」


「あっ、そうだったんですね!」


 テレサさんは、感心したように言った。


「私は、何も考えずに出発したので、カザンブルクまで二百キルあるとモスロで聞いて、途方に暮れてたんです。

 新しくできた、ぼーけんしゃ組合? っていうところで頼んでみても、教会が封鎖してるからって、追い返されて」


 もともと冒険者組合は帝国にしか無かったが、王国が崩壊したせいで、政府だけでは手が回らなくなった。


 そのため、教会はここ数年で、王国内に冒険者組合を設置しはじめた。


 モスロ・ビンスク教会にも、真新しい建物が併設されていた。


 テレサさんは、そのことを言っているのだろう。


「それは、大変でしたね……」


 エトレナが言うと、 テレサさんは大きく頷いた。


「そうなんです。でも、ポズシュチでの生活を捨てて、一ヶ月以上かけて、ようやっとここまで来たのに、諦めるわけにはいかなくて……。

 酒場を周って、色んな人にお話を聞いてみたんです。

 そしたら、月に一回、真夜中に、乗り合いソリがモスロから出てるって情報を手に入れて……なんとか、たどり着くことができました!」


 テレサさんは、いい人なのだろう。


 口調から性格が滲み出ている。


 俺は……それに気付くと同時に、急速に気持ちが沈むのを感じていた。


 エトレナも気付いたのか、やけに真剣な表情を浮かべている。


「そこまでして会いたかった人と……会えたんですか?」


 エトレナの質問に、心底から幸せそうな笑顔で、テレサさんは答えた。


「はい、会えました! 私も、実際に会えるまでは半信半疑でしたけど、本当に、この街では会えるんです! お二人も、もう少しで会えますよ!」


 俺たち三人が街道を歩いている間にも、たくさんの人間とすれ違っていた。


 子連れの家族。


 老夫婦。


 若いカップル。


 五人ほどの若者たち。


 その全てに、得体の知れないアレが混ざっていた。


 ……いや。


 アレが混ざってるというより、アレの中に人間が混ざっている、って言った方がいいかもしれない。


 薄ら寒さを感じながらも、俺は顔に笑顔を張り付けていた。


 三人で、そのまま四半刻ほど歩いていると、テレサさんは、大きな建物の前で足を止めた。


「着きました。ここが復活の祭壇ですよ!」


 三つの尖塔を持つ、石造りの建物だった。


「……教会ですか?」


「はい、ここの一階に祭壇があります! すぐそばに司祭様がいらっしゃるので、お願いしたら、祈祷きとうの仕方を教えてくださるはずですよ!」


 笑顔で言うと、テレサさんは上機嫌な足取りで、道へと消えていった。



 ○○○

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