03話 『初討伐』
「今日から定期討伐に参加するアル・エンリと申します! ウスラ・エンリの息子です。よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな!」
「礼儀正しい子で羨ましいよ。うちのガキなんて……」
むさい男たちを前に挨拶をすると、それぞれに反応を返してくれた。
そのうちの何人かは家に来たことがあるので、俺も面識はある。だが、初対面の人も多い。
これから長い付き合いになるのだ。いい印象を持たれておくに越したことはない。
見た限り、みんな笑顔を向けてくれている。第一印象は上々だ。
「よし、今日は東の森を中心に討伐しようと思う。魔物か野獣かは分からないが、先日猪のようなものを見たとの報告があるからな。油断の無いように頼む!」
「おう!!」
父上の号令に、空気が一気に張り詰める。男たちが、手に持つ剣を空に突き出した。
――
「こりゃあ、獣の糞ですな」
黒っぽい物体を木の枝で突いていた男が、立ち上がって言った。
「しかも、数からすると複数匹。猪か犬かの群れでしょう」
「そうか……それなら危急の問題ではないな。念のため、村の者たちには、森に近付かないように注意しておくか」
男からの報告にほっとしている父上の横顔を、俺はやることもなく眺めていた。
初めての定期討伐だから、緊張していたのだが……拍子抜けだ。
出発から数時間が経つのに、やったことと言えば、ただ歩き回るだけ。
唯一見つかったのが、この糞である。ちなみに魔物は糞をしない。
「坊ちゃま、調子はいかがですか?」
後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、黒髪の男が微笑を浮かべていた。
年齢は父上と同じくらい――二十代中盤のはずなのに、全然そうは見えない。
顔が整っているのと、身体が華奢なせいで、少年のような印象を受ける。
こんな体格のくせして、この村で、父上に次ぐ戦闘能力の持ち主だ。
「ロンデルさん、坊ちゃまはやめてくださいよ。そんなたいそうな立場じゃないですから」
「ははっ、言ってみただけだよ。緊張してるかと思ったけど、大丈夫そうだね」
ロンデルさんは父上の友人だ。親友と言ってもいいかもしれない。
小さいころからの仲らしくて、たまに家にもやってくる。俺にとっては親戚のおじさんみたいな人だ。
「緊張も何も、何も起こってないですから。むしろ退屈なぐらいです」
「まあ、今のところはね。こういう日もあるよ。ただ、何かが起きる時は突然来るから……気を抜いちゃ駄目だよ」
――
果たして、異変は帰り道に起こった。
「待て」
先頭を歩いていた父上が、動きを止めた。
その声に従って息をひそめた俺たちは、父上の視線の先に注意を向ける。
そこには、茂みがあった。
ガサガサと動いている。
――何か、いる。
固唾をのんで見守る俺たちの前に、そいつは姿を現した。
茶色い毛に覆われた小さな身体。つぶらな瞳。向こうも俺たちに気付いたようで、怯えて硬直している。
……だが、しばらくすると、興味津々といった風に、こちらに近付いてきた。
「猪の子供だな」
父上が言った。
そう、どこからどう見てもウリボーである。
大人になったら可愛げなんてないが、さすが日本でキャラクター化されることはある。中々に可愛らしい。
「アル」
「はいっ、父上!」
「やれ」
「えっ……」
振り向いた父上が、俺にそんなことを言った。
やれっ、て……殺れ?
「初めての討伐だ。危険もなく、ちょうどいい」
それだけ言うと、父上は後ろに下がった。自然、父上の後ろにいた俺が、先頭に立つことになる。
目の前には、かなり近くまで寄ってきたウリボー。
猪は害獣だ。この世界でも変わらない。
森の中で遭遇した人間を襲う事もあるし、農作物を食い散らかしたりもする。
こいつも、今はこんなに小さいけど、いずれは肥え太って、人間に害を成す。
俺は、鞘から剣を引き抜いた。
昨日、父上から頂いた剣だ。新品なので欠けの一つもなく、俺の青白い顔を刃に反射している。
あとはこいつを、目の前の無防備なウリボーに振り下ろすだけでいい。
五年の修業の成果だ。容易に絶命させられるだろう……。
「アル、早くしなさい」
剣を振り上げたままの体勢で停止している俺を、後ろから父上が急かす。
分かってる。これが俺の仕事だ。
「ごめん」
頬に赤い血が散った。
……せめて痛みがないように、一発で仕留められた。
後ろから、肩に分厚い手が乗せられる。
「良くやった」
「……ありがとうございます、父上」
――
討伐を終えて、俺と父上は家に戻ってきていた。
剣に血が付いている。
ひとまず剣の手入れをしようと、自分の部屋へ足を向けると――
「アル」
父上が俺の名前を呼んだ。
振り返ると、父上は書斎の扉を開けている。
「付いてきなさい」
当惑しながら、俺は書斎に向かった。
……物心ついた頃から、書斎には絶対に入るなと言われていた。
突然どうしたんだろう?
書斎に入ると、俺の好きな匂いがした。
古本屋の匂いだ。
壁の一面を占める本棚には、ぎっちりと重そうな本が詰まっている。
対面の壁には、年季の入った木製の机が置かれている。
父上は、その前に立っていた。
「扉を閉めなさい」
「――っ、はい!」
俺が扉を閉めたのを確認すると、父上は机の一番上の引き出しを開けた。
中から、小さな箱を取り出している。
「本来ならもう少し後になって見せるものだが、アルなら大丈夫だろう。近くに寄りなさい」
「はい」
言われるがままに近づくと、父上は箱を開けた。
中には宝石が一つだけ入っていた。野球ボールくらいの大きさで、青色に光っている。
……そう、光っている。
宝石の中には、煙のような物が封じ込まれていた。その煙から、青い光が漏れ出している。
煙は止まることがない。刻一刻と形を変えて、それに応じて、光も揺らめいている。
「これは騎士の証だ。同時に、騎士の仕事に欠かせない道具でもある」
父上は箱の中から宝石を取り出し、俺に差し出してきた。
「持て」
「っ!」
慌てて両手を差し出す。
父上がそっと、俺の手のひらの上に宝石を載せると……ほんのりと熱を感じた。
「その宝石のことを、
討伐を行った日は、成果のあるなしに関わらず、証石を握って祈りを捧げる決まりになっていてな――今日は、アルがやってみなさい」
……よく分からないけど、やれって言われたなら、やるだけだ。
証石を両手で握りしめて、目を閉じる。
遠方にいらっしゃるという、聖女様のことを思い浮かべ、祈りの言葉を唱えると――
「――っ!?」
俺は堪らず、まぶたを開けていた。
両手に、強い熱を感じたからだ。
持てないほどではない。けど、熱いお風呂くらいには熱い。
まぶたを開けることで、俺はもう一度驚くことになった。
俺の手の中で、眩いばかりに証石が光っている。
唖然と見ているうちに、証石の光は徐々に弱くなっていき……最初に見た時と、同じくらいの強さになった。
「もういいぞ」
「……あの、今のは?」
「さてな」
父上は、俺の手から証石を取り上げた。
「私にも分からないが……証石は、教会から授けられているものだ。聖女様なら、知っているんじゃないか?」
○○○
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