01話 『転生』
目が覚めると、ぼんやりとした世界が広がっていた。
頭もぼんやりしていて、思考がまとまらない。
何だかやけに眠たい。
だから眠った。
眠ると、必ず夢を見た。
それは毎回同じ夢。
女の子を助けるために、道路に飛び出して――車に轢かれる夢。
○○○
結晶が成長するように、徐々に思考が形作られるにつれて……何かがおかしいと俺は気付いた。
きっかけが何だったのか、はっきりとは覚えていない。
声が出ないと気付いた時、
身体が動かないと気付いた時、
夢が夢ではないと気付いた時、
あるいは、その積み重ねの結果だったのかもしれない。
最初に感じたのは恐怖だった。
最後の記憶は、大きな車に轢かれる瞬間。
即死しても不思議じゃない。でも、今こうして俺がここにいるってことは、一命を取り留めたのだろう。
その代わり、身体が動かない。
脊髄か脳をやったのか、どこかに後遺症が残ってるみたいだ。前と同じようには、もう動けないだろう。
――どこかから、赤ん坊の泣き声が聞こえる。
一瞬だけ困惑したけど、少し考えれば
俺がいるのは病院だ。赤ん坊の泣き声が聞こえても、不思議ではない。
バタバタと、遠くから音が近づいてくる。誰か廊下でも走ってるんだろうか?
目が覚めて、初めて人影らしきものが視界に入った。
直後、ふわりと浮遊感が身体に生まれた。
温かく、柔らかいものに、包み込まれる。
……落ち着く匂い。
気付けば、俺は眠りに落ちていた。
○○○
どれくらい経ったのか、正確なところは分からない。
この身体は基本眠ってるから、自分の身体のリズムで時間を測れないのだ。
この身体、と言ってる通り、俺が俺じゃないことは、すぐに分かった。
というのも、謎の女性が、胸を俺の口に押し付けてくるからだ。
最初はもちろん混乱した。誰でも混乱すると思う。
何とかして顔を横にそらすと、そこには小さな手があった。俺の意志で動いて、感覚を伝えてくる手だ。
それを見た瞬間、ストンと理解した。
どうやら、俺は転生したらしい。
心の奥底にワクワクを感じたが、それよりも俺は眠たかった。
ひたすら眠って、眠って、そうしているうちに、徐々に覚醒している時間が伸びていった。
そのころになってくると、俺の視力は上がっていた。ぼやけていた視界が、物の輪郭まではっきり見えるようになっていた。
とはいえ、まだ寝返りを打つことはできないので、見える物は限られる。
例えば、俺は両親らしき人の顔を見た。
両親はともに金髪碧眼。どこからどう見ても日本人ではない。つまり、今世の俺も日本人ではないらしい。
日本での生活は気に入ってたから、少し残念だけど……これはこれで悪くない。
発展途上国ならハードモードだったが、西洋であれば、日本と同水準の生活が期待できる。
……いや、違うか。
同水準じゃない。今世の俺の人生は、前世より期待できるはずだ。というのも――
俺は、自分のことを抱っこしてる母親の顔を見上げた。
優しそうな雰囲気で、ウェーブのかかったふわふわの髪の毛を、肩甲骨の辺りまで伸ばしている。
その隣では、父親が俺の顔を覗き込んでいる。
ほりの深い顔には、ゆるゆるのだらしない表情が浮かんでいる。
こうやって改めて見ても……どっちも超絶美形だ。どこの俳優夫婦かってレベル。
こんな両親の遺伝子を引き継いでるなら、俺も十中八九イケメンだろう。
世の中顔じゃないと言うけれど、顔がいいに越したことはない。
心の中でほくそ笑んでいると、母親が思わず見惚れるような笑顔を浮かべた。
「――! ――、――!」
ここは英語圏ではないらしい。何を言ってるのか、さっぱり分からない。響きは……ロシア語に近いかな?
母親の言葉に反応してか、父親は温かな笑みを浮かべた。それから、分厚い手のひらで、俺の頭を撫でまわし始めた。
母親のシルクのような手と違って、父親の手は岩のようにゴツゴツとしている。だから、父親に撫でられるのは、あまり好きではない。
そう思った瞬間、俺の身体は泣いていた。
アタフタと慌てる父親の姿を見て、母親はおかしそうに笑っていた。
それから、優しい手つきで俺の頭を撫でながら、透き通った美しい声で歌い始めた。
その声を聞きながら……今世の両親もいい人そうで良かったなと思いつつ、俺は眠りに落ちた。
○○○
むくむくと身体能力は向上して、寝返り、お座り、ハイハイができるようになった。
だいぶ行動の幅が広がったが、未だベビーベッドという名の檻に囚われている状況に変わりはない。
そういうわけで、俺はベビーベッドの柵を使いながら、日々つかまり立ちの訓練を繰り返していた。
そのかいあってか、立てるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
前世の経験がある俺にとって、そこから先に進むのは容易だった。立てると同時に、俺は歩けるようになっていた。
早速、ベビーベッドの柵を乗り越えて、床の上に二本の足で立つ。
「ばぁーぶ」
自然と、喜びの声が出た。
監獄から出所した時は、こんな気分なのかもしれない。
すごく、爽快だ。
俺は気分よく、家の中を探索することにした。
――
新しい我が家は総木作り。どことなく北欧っぽい雰囲気を感じる。
口元に手を添えながら、俺は部屋の中を見回した。
……総木作りなのは別にいい。日本でもこういう家に住んでる人はいるし、西洋なら一般的なのかもしれない。
けど……テレビも、スマホも、電化製品が一つもないのはおかしい気がする。
貧乏で買えないのかなとも思ったけど、そうでもないらしい。特別家がぼろいわけでもない。
加えて――
壁に立てかけてあるブツに、俺は再度視線を向けた。
そこには剣があった。
エクスカリバーって感じの剣ではない。もっと無骨な、装飾なんて一つもない剣だ。
柄には布が巻かれていて、その中央のあたりは黒ずんでいる。
やっぱり俺も男だからか、その剣はやけにかっこよく見えた。
柄を両手で握って、持ち上げようとした。
持ってみて、初めて気付いた。
想像以上に重たい。
まあ、鉄の塊なんだから当然か。
冷静にそんなことを考えながら……俺は、剣を支えようとしていた。
俺が下手に触ったせいで、剣はバランスを崩していた。
けれど、剣が止まることはなかった。
けたたましい音が、部屋に響く。
その数秒後、隣の部屋からバタバタという音が聞こえた。
「アルっ!? ――――るの!」
勢いよく扉を開けた母親は、驚いた表情で俺と剣を交互に見て、何かを早口でまくし立てている。
最近では、何を言ってるのか部分的に分かるようになってきた。
マスターには、まだほど遠いけどな。
ちなみに、俺の名前はアルというらしい。
駆け寄ってきた母親に抱きしめられながら、俺は床に転がっている剣を見つめていた。
床に倒れた勢いで、剣身が鞘から飛び出している。
窓から注ぎ込む日光を反射して、刃はてらりと光っていた。
○○○
「息子が誕生し、無事一年を迎えることができました。聖女様に感謝を」
父上が代表して口上を述べた後に、三人全員でお祈りを捧げる。
母上によると、お祈りは聖女様に届くらしい。
聖女様とは、この辺りで信仰されている神様のようなものだ。ちゃんと生きている設定らしい。御年二千歳なんだとか。
お祈りを終えたら、夕飯の開始だ。
「今日は腕によりをかけて、アルの好きな物を作ったのよ! たくさん食べてね!」
「ありがとうございます、ははうえ」
活舌よく、とはまだいかないが、言語はマスターした。
俺の隣でニコニコしている母上へ、ぺこりと頭を下げる。
「そうだぞ、アル。たくさん食べなさい。ちゃんと食べないと、大きくなれないからな」
「はい! ちちうえのようになれるよう、しょうじんします!」
「まあ、アル! もう精進なんて言葉知ってるの! あなた! やっぱりこの子、天才じゃないかしら!?」
ワヤワヤと騒ぐ両親を、どこか冷めた気持ちで見る。
そりゃあ、一歳児がこんな喋り方をしてたら、すごいだろう。
客観的に見たら、天才というより不気味だが……子煩悩の両親の目には、そうは映らないらしい。
まだ一口しか飲んでいないのに、父上は既に酔っぱらっていた。
顔を赤くしながら、上機嫌に俺の頭を撫でてきた。
「さすが私の息子だ! エンリ男爵家は安泰だな!」
俺の父親、ウスラ・エンリは地方騎士に任じられていて、いちおうは貴族の端くれに引っ掛かっている。
つまり、俺は貴族の令息という立場なのだと、つい数週間前に知った。
地方騎士とは何か。
母上によると、要は村長のようなものらしい。
とはいえ、日本の村長と比べると、その権限はずっと大きい。
揉めごとが起きれば裁判を開き、農具を購入する時は融資をし、近隣の貴族とは政治的なごたごたなんかもある、と言っていた。
そして、最も重要な仕事が――討伐と呼ばれるものだ。
父上は三日に一度、例の剣を腰に帯びて、その討伐とやらに向かう。
討伐では、獣や魔物の駆除を行い、それによってエンリ村の治安を守っているんだとか。
聖女に貴族、魔物。
生後数ヶ月の時点でうすうす勘付いていたが……ここは、俺の知っている世界ではないらしい。
ここは、異世界だ。
○○○
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