第7話

 それまで頑ななまでに父親の事を話そうとしなかった自分の母親から、突然聞いたその話は、少女にはかなりの衝撃だった。そしてその夜、テレビのニュースで、少女は初めて自分の父親の名前を知った。痛ましい電車の事故で亡くなった人々の一人として、テロップで流された父親の名前を。もう決して自分の人生と関わる事はないんだと、そう母親から聞かされていた父親の名前。それを少女は忘れる事が出来なかった。そして今日、思い切って、父親の事を母親に聞いてみたのだった。今なら母親も、父親の事を話してくれそうな、そんな気がしていた。

「でも、いつもあなたが学校に行くのに使ってる路線で事故に会うなんて……今までずっと会うこともなかったのに、これも何か、運命みたいなものなのかしらね。あの人が私たちの住んでいる場所を知っているはずもないから、ほんとに偶然だとは思うんだけど……」


 何かぼんやりと遠くを見つめているような目つきの母親に、少女は問いかけた。

「それじゃあ、お父さんは、私が生まれた事も知らなかったの……?」

「うん、お母さん、妊娠した事も言わないままだったからね。もしかしたら人づてにお母さんに子供がいる事を聞いたかもしれないけど、それが自分の子供だって事まではわからなかったんじゃないかしら……」

 そして母親は、それまで秘密にしていた事を話した安堵感からか、少しだけ微笑を浮かべ、自分の娘に語りかけた。

「でも、どうして急に、お父さんの事を聞きたいって思ったの? やっぱりあの事故のせい?」

 母親のその問いに、少女は少し戸惑ったような表情を見せ。そしてやがて、決心したかのように語りだした。その言葉を聞くうち、微笑んでいた母親の目に、見る見るうちに涙が溜まっていくのを感じながら。


「うん、事故のせいもあるけど……最近私、電車の中や、家に帰る途中に、感じるの。私のそばに、お父さんがいるんじゃないかって。会った事もないのにおかしいけど、やっぱりあれはお父さんなんじゃないかと思う。お母さんの話を聞いて、そう確信した。私が電車の中で本を読んでる、その向かい側で。駅から家に向かう道の途中、私の後で。お父さんが、じっと私の事を見つめてる。そんな気がするんだ……」



   * * * * * *     



 その日私は、再び電車に乗り、彼女がいつも降りる、あの駅に来ていた。電車に乗る前、そして電車を降りた後の記憶がなぜかはっきりしないのだが、それはもうどうでもいい。今、大事な事は、私があの少女に出会い、そして彼女の事をもっと知りたいという思いがあるということ。それだけだ。あれから私は少しずつ彼女の後を追い、おそらくもう少しで彼女が住んでいる家にたどり着くだろうところまで来ていた。彼女がたまに後を振り返るたびに、今日はこれまでにしようと思っていたので、随分日にちがかかってしまったが。今日はおそらく、彼女の家まで行けるに違いない。なぜか私はそう感じていた。


 私が待ち構える交差点まで、彼女がやって来た。私は再び、どきどきと胸を高鳴らせながら、彼女の後を追い始めた。彼女は果たして、どんな家に住んでいるんだろうか。彼女の家族は、やはり幸せな家庭なんだろうかと、色んな想像が私の頭をよぎる。そして彼女を生み、これまで育ててきた母親は。いったいどんな女性なんだろうか……?


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本を読む少女 さら・むいみ @ga-ttsun

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