夜を噛む

死神王

本編

 ふと、目が覚めた。周りは暗闇しかなくて、私は目を擦りながら、おもむろにスマートフォンに手を伸ばした。ぴかっと一気に光る画面に目を痛めながらも、時刻は午前三時。いつもより少し早く寝たせいか、こんな時間に目が覚めてしまった。

 夜に目が覚めると、自然とトイレに行くのが習慣だった。私はそのまま布団から出て、冬の冷気を肌で感じながら、トイレまでの廊下を歩いた。脳がまだ眠っているようで、暗闇の中を歩く両足は覚束無く、何度も棚や物にぶつかりそうになった。曖昧な頭で自分自身、「寝ぼけてるな。」と思った。トイレに入って、便座に座ると、おしりに寒さがびしっと現れて、ようやくじんわりと脳が動いている感じがした。用を済ませたら、トイレから出て、また布団へと戻った。そのままもう一度寝ようと思ったのだけれど、何故だか寝付けなかった。

「流石に寝すぎたのかな。」と思って、私は少しスマートフォンを弄ることにした。寝付けない時はスマートフォンを見るのが私のやり方だった。段々と眠くなるので、いい方法だと思っていた。スマートフォンをつけて、最初は目が眩しかったけど、段々と目が慣れていって、それと同時にじんわりと瞼の重さがわかってきた。

 Twitterを開いて、タイムラインを徘徊した。深夜にも関わらず、インターネットはやけに元気で、トレンドを上から見ていったり、好きな俳優のタイムラインを読み込めなくなるまで遡ったりした。でも、それもだんだんと飽きてきて、代わりにスマホの整理でもすることにした。やけに変な時間にする整理の時間が、個人的には好きだった。壁紙を変えたり、画面のアプリをまとめたり、新しいアプリをダウンロードしたり、特に意味は無いけれども、なんだか、今私は全てを網羅できているという気がして気分が良かった。そのままスマートフォンを見てると、LINEが気になって、LINEも整理をしてしまおうと思った。普段は気にしない友達の欄を見てみると、誰だかよく分からない人や、いつ友達になったのか分からない公式アカウントが散乱していた。私はそれらを確認しながら一つ一つブロックした。昔は友達を消すのに躊躇していたけど、自分の関係性は自分で管理する方が楽だということを、少し成長して気づいたつもりだった。

 色々削除していると、ぱっと目に止まる物があった。男の子の名前だった。特に癖のない普通の名前で、とても馴染みがあって、でも聞くと嫌になる名前だった。「そういえばこんなのも、」と押してみると、会話の履歴が現れた。上に遡っていくと、ペットの話とか、部活動の話とか、好きなアーティストの話とか、そんな他愛のない会話が溢れていた。見ていると、なんだか、心がどきどきとしてきた。

 でも、それは恋じゃなくて、苦しみの、どきどきだった。

 画面の一番下、履歴の中の最後の文章。私が送った「ねえ。」という言葉が私の胸をグサグサと刺してきた。痛い。

「辛いけど、消せないんだよな……。」

 思わず声が出て、声が暗闇に沈む。これでも、前よりかはかなり楽になったものだった。昔は彼を見かける事は勿論、これを見ることすら、名前が耳に入ることすら、辛くて、辛くて、仕方がなかった。いつになったら、私は乗り越えられるんだろう。溜息と共に思いが吐き出てきた。「明けない夜は無いよ。」と言って、友達は励ましてくれたけど、それもあまり響かなかった。まるで夜が悪者みたいに言われているのに、違和感があった。

 もう少しだけ履歴を見て、やっぱり嫌になって、眠る事にした。騒ぐ心臓に「大丈夫だよ。」となだめて、私は布団に潜った。布団中でもう一度、息を吐くかのように声が漏れた。

「ああ。」

 ずっと終わらない夜が欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜を噛む 死神王 @shinigamiou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説