ふときみを思い出した医薬師のお話 5

「なっ!」


 変わっていないと言われ、カチンときた。


「お、俺のどこが……」


 変わっていないはずなどない。


 変わったはずなのだ。


 人間関係も広がり、知識もたくさん増えたし、実践で様々な体験をすることもある。


 それなのに……


「おまえこそ、この二年間、何してたんだよ」


「えっ……」


「絶対俺のことなんて忘れてたくせに」


 項垂れるようにしてしゃがみ込むアルバートに、ナイーダは小首をかしげる。


「アル?」


「いや、いい……」


 片手を上げ、制してくるアルバートははぁとまたため息をついてその手で顔を覆った。


「認めるよ」


「えっ!」


「認めてるよ、十分に。ずいぶん医薬師らしくなったと思ってる。振舞いから何まで完璧で、まるで別人みたいだ。俺の知らない人に見えた」


「ええっ!」


 認める、と彼は言った。


 聞き間違いではないだろうか。


 ナイーダもとっさに座り込み、視線の位置を合わせ、アルバートの様子をじっと眺める。


「でも、血の気の荒いところも、鈍感なところも何も変わってねぇ」


 もう見るな、この話は終わりだと告げる男に先程までの殺気だった様子はなく、どう見ても大きな子犬(矛盾しているか……)が拗ねているように見えた。


「アル……」


「過去に変えたのは俺じゃない。おまえだよ。おまえはこれからもどんどん未来へ進んでいく。俺のいない新しい世界へ」


 ああ……とナイーダは思う。


「アル」


「なんだよ!」


「おまえも変わってないな」


「はぁ?」


 顔を上げたその頬は赤みを帯びていた。


 医薬師が手をあげるなんて、あるまじき行為だ。


 わけも聞かないまま彼に傷をつけてしまったことを今更ながら申し訳なく思いつつ、ナイーダは撫でるようにそっとそれに手を添える。


「いつも思い出してた」


「え?」


「いつも、何をしていても、どんなときも、何があっても、その出来事の中におまえを思い出していた。いっつもそこで過去に引き戻されるんだよ。前に進みたいのにおまえの言葉やおまえとの思い出が、いつも俺に超えられない壁を思い出させるんだ。俺はお前が思うほど、未来へ進めていないよ」


 ごめんな、と告げ、ナイーダはそっとアルバートの唇に自分のそれを重ねた。


 アルバートは避けられるはずだっただろうのに、そうすることはなく、ただそれを静かに受け入れていた。


 だからナイーダはそれに甘え、懐かしいぬくもりを確かめるように彼に腕を回す。


「アル……会いたかった……」


 想いが溢れ、そのまま彼の首元にぎゅっと抱きつくと、アルバートはまたもはぁっと、今度は苦悩に満ちた深いため息をついた。


「まだ任務中なんですけど……」


 無意識だったのだろう。ボソッと呟かれた言葉が耳に届き、悲しくなってくる。


「アルは、俺に会いたくなかったのか?」


(なんで、なんでそんなに……)


「おまえ、そういうとこだぞ……」


「えっ?」


「この天然たらしが!」


 そう言うなり、ぐっと抱きしめ返してきたアルバートから同じ熱を返される。


 肩に彼の重みを感じ、どぎまぎする。


「なっ! アルだって、隙が多すぎるぞ! おまえ、まさか、こんなふうにおまえの取り巻きの美女たちに迫られたら成すがまま受け入れているんじゃ……」


「おまえが言うな」


 なにが美女だ……と、耳元で苦言を呈され、たしかに、とナイーダはぼんやり考える。


(ああ……)


 これは夢か。


 ずっとずっと、夢の中でしか会えなかった人が、そこにいた。


「何度頼んでも俺の想いは聞き入れてくれないくせに。こんなときばっかり、ずるいぞ」


 おでこにちゅっと口づけを落とされる。


「アル……」


 そうして、暗闇の中で藍色の瞳と目が合ったとき、どちらからともなくゆっくりと距離が縮み、互いの唇が重なった。


(アル……)


 大好きなぬくもりがそこにあり、ナイーダは久しぶりにほっと安堵し、その瞳を閉じた。

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