きみに恋をした医薬師のお話 14

「ナイーダっ!」


 ようやく戻ってきたナイーダとともに再び病室に戻り、ドアを開けた時だった。


 大きな男が飛び込んできて、持ち上げるようにナイーダが抱き付いたのだった。


 彼は、先ほど近衛隊副隊長と名乗っていた男。セト・ハリソン。


「ちょっ、なにを!」


「ああ、もう、久しぶり。本当、すっかり美人になりやがって!! ナイーダ、愛してるよ〜」


 俺の静止も聞かず、嬉しそうに彼は満面の笑顔をナイーダに向けた。


「セト、久しぶり……」


 驚いたのは、そんな彼にナイーダも自然に微笑み返したからだ。


「立派になったな」


 その瞳は誇らしそうで、それでも少し切ない色を宿していた。


「暇があればさぼろうとしていた男にはとても見えないよ。本当に、別人のようだ」


「ナイーダ!!!」


 そんな彼は、弱々しく笑うナイーダの不安を吹き飛ばすように晴れやかな笑顔で笑っていた。


「おまえこそ白衣なんか着ちゃって、もう立派な医師だな」


「薬剤の方だよ」


「おまえにならいつでも治されたいぞ、俺は……」


「バカなことを言うな、セト」


 そのやりとりはあまりにも慣れ親しんだもので、後ろの方で見ていた俺が驚いて開いた口が塞がらない状態になっているというのにセト・ハリソンは気にせず力いっぱいナイーダを抱きしめ直していた。


「ったく、この二年、全く何の連絡も寄越さないで……心配したんだぞ、ナイーダ」


 いつになく真剣になるその声に、ナイーダは瞳を伏せる


「ご、ごめん……」


「いや、いいんだ。無事でいてくれたなら。それにここで会えると思ってなかったからな。今はすごく嬉しいんだ。ああ、本当に会いたかったよ。俺の愛しの恋人!」


 そう言って、また彼はナイーダを引き寄せようとして、ふざけすぎ!と彼女に冷たくあしらわれていた


 それでも、ナイーダがこんなにも自然と笑顔を作っている様子に俺は驚きを隠せなかった。


「なぁ、ナイーダ……」


 セトが言いかけた時、ドアが開いた。


「向こうの患者は異常なさそうです。目覚めて食事を口にする者もいます」


 華やかで、そして目映い金色の髪を持つ男の他の隊員たちを引き連れ、入室してくる。


 その堂々とした様子に俺は息を呑み、ナイーダも大きな瞳をさらに大きくしていた。


「そうか、こっちもほとんど問題はない。よかったです。間にあったようで」


 後ろで患者の汗を拭っていたワナットも安堵したような声を上げ、振り返った。


「ア、アルバート……」


「ああ、セト、悪いけどタオルを変えて貰えるか? もうほとんど使えない状態なんだ」


 セトの不安そうな表情に、どうした?と言わんばかりに口元を緩め、アルバートはそのまま通り過ぎ、もう少し、耐えてくれよ、とワナットの側で目覚めた隊員たちに声をかけた。


「すみません、隊長にまでお手伝いしていただいて」


「いえ、どうせいても大したことはできませんし、体力だけはありますから、どんどん使って下さい」


 と、後ろの方でワナットとアルバートの会話が聞こえた。


「た、隊長、申し訳ありませんでした」


 次いでアルバートに泣きつくような声を出した隊員がいたようだったが、ぼんやりとしか聞こえなかった。


 目の前で顔をしかめたナイーダの様子が気になったからだ。


 ナイーダは思い詰めたように一点を見つめ、硬直している。


「ナイーダ?」


「あっ、わ、悪い! すぐいく!」


 俺の声にはっとしたように反応したナイーダは、洗い立てのタオルを籠いっぱいに詰め、先程アルバートがいたという部屋に向かって足を進めた。


 慌てて立ち去ろうとするナイーダの背中を追うセトの視線が気になったが、軽く一礼だけして、俺もその後に続いた。

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