きみに恋をした医薬師のお話 13

 状況が落ち着いたのは、それからもう少ししてからだった。


 俺とナイーダがそれぞれの薬草を手に取り、チナンに言われたとおり調合を始めたその時だった。


 突然、後ろの方から、けたたましい馬の蹄の音が聞こえて顔をあげる。


 目を向けると五頭の馬が到着したようで、繋いであった俺たちの馬の側で制止をし、五人の重装備の男達が身軽に馬からおりたところだった。


「うわ、かっこいい……」


 あまりに力強いその立ち振る舞いに見入っていた俺は、思わず呟いていた。


「他の隊員か?」


 その迫力に隣のナイーダは息を呑んだようで、チナンは冷静な表情でその一同を目で追っていた。


 五人のうちの三人は馬を繋ぎ、慌てて中に駆けていった。そしてすぐに残って待機していた二人に報告するかのようにまた足早に戻ってきたのだった。


 一体何事だと、チナンは鋭い瞳を彼らに送っていた。


 何が何だかわからず、俺もただその動きを見ていた。だが、彼らはすぐにこちらに気付いたようで、さきほど待機していた二人だけがこちらに向かって歩いてきた。


 その二人の異常なほどの威圧感に今度は全身を震えることとなる。


 しかし、目の前に立った二人の隊員達は俺が想像していた厳つい筋肉だらけの体型の男隊員のイメージではなく、それとはむしろかけ離れた爽やかな好青年といった感じの、見るからに若い隊員達であった。


「イディアーノ城、第一近衛団隊長、アルバート・クリアスです」


「同じく、副隊長、セト・ハリソン」


 張りのある、堂々とした声で名乗りを上げた近衛団の人間だと言う二人はそのまま跪き、頭を下げた。


「到着が遅れてしまい、申し訳ありません。ことを聞きつけ馬を走らせてまいりましたが、ずいぶんと時間を要してしまって……」


 よく目立つ、眩しい日の光のような目映い金髪を揺らし、隊長と名乗ったアルバートは優しそうな藍色の瞳を細めて言った。


「あなた方のご人力に感謝します」


 歳は同じくらいだというのに、その姿は威厳があり、逞しく、この世にこんなに男らしくかっこいい人間がいたことに驚きを隠せなかった。


 隣に跪く、副隊長だというセトも同じだった。


 栗毛色の短髪に、意志の強そうな瞳を持っていた。一言で言うならかっこいい。


 これが、城に仕える近衛の隊長と副隊長の姿なのか、と、普段は雲の上の存在の如く、絶対に会うことのできない二人を見て、不覚にも俺は少し感動していた。


「ここは、城から遠いこともあり、盲点ということを言い訳に、この数ヶ月、彼らに任せっきりでした。俺に責任があります」


 心より詫びるといった面持ちで胸に手を当て、アルバートは整った顔を歪めた。


「いや、早期で防げたから問題はない」


 再度身を低くする二人に、チナンはいつも通り言い放ち、明らかに自分らより上の身分の武官だぞ!と俺は嫌な汗をかいた。


 だが、アルバートはそんなことを気にも留めず、ただ辺りを見渡し、眉間にしわをよせた。


「それでも、もうこの土地にまで影響しているようですね。王に報告しなくては」


「はい」


 先程まで、説明のためにチナンが並べていた薬草を目にし、アルバートは深刻そうな顔でセトに告げた。


「わ、わかるんですか? この薬草……」


「え……?」


「あ、い、いえ……」


 無意識にも思ったことを声にしてしまい、すぐさま自分に向けられた藍色の瞳に、ドキリとした俺は本気で飛び上がってしまった。


(近衛隊の人間でこんなにも顔がいいとか、反則だろ……)


 男の自分でも動揺させるのだから相当だ。


 だが、そんな腑抜けた俺を差し置いて、そのあとに続いたのは、チナンだった。


「この花が土地に影響していると?」


 まるで、試すような口調で。


「あ、もともと水分が多くどの環境でも咲くと言われる花だと聞いていますから」


「ああ、そうだ。詳しいんだな」


 乾燥している部分を指差し、チナンを前にも動じずキッパリ言い放ったアルバートは少し複雑そうな顔をしたが、それに満足したように頷きたチナンは笑んだ。


 そのあり得ない光景に俺は驚いた。


 そして気付いたのだった。


「さ、セト、我々も中の様子を見に行くぞ」


 一礼だけし、その場を後にしようとしたアルバートが背を向け、セトがそれに続こうとした、その時、俺はここぞとばかりにチナンに聞いた。


「なぁ、ナイーダは?」


 そう、いつの間にか彼女の姿がなかった。


 確かにさっきまでは、すぐ隣にいたはずだったのに。あまりの存在感のある武官の二人に圧倒されて、すっかり気付かないでいた。


 だから、目の前の隊員ふたりがそこで固まるように止まったのにも気付かず、ネフィーロは本気で心配になった。


 怖くなってかくれたのだろうか。


「女性もいらっしゃるんですか?」


 聞いてきたのは、セトだった。


 振り返り、真剣そのものな表情で。


「い、いますよ。あ、でもあいつは優秀だから問題ないですよ」


 患者を診ていく上で、女性には診て欲しくない!と未だ女性に対して偏見意識を持つ患者も中には少なくなかった。


 そのため、いつもナイーダや他の女性医薬師は他の者より苦労することがたびたびあった。そんなことを思い出し、俺は慌ててフォローする。


「この花をつんできたのもあいつですし」


「そ、その人はどこに……」


「え?」


「ここにいらっしゃるんですよね?」


「セト」


 俺に食いつくように問うセトに振り返ることなく制止したのはアルバートだった。


 先ほどまでの柔らかな様子とは一変して、冷静に見えて、まるで地響きがするような鋭い声に、俺は驚いた。


「俺達のすべきことを忘れるな」


「で、でも、アルバート……」


 未だ腑に落ちないような顔をしていたセトだったが、それでも止めることもせず、どんどん進んでいくアルバートに、何か反論するようにしてついていった。


「な、何だったんだ?」


 訳が分からない俺の声は静まり返った夜道に吸い込まれて消えた。

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