きみに恋をした医薬師のお話 9

「チナン、あなたの意見をお聞かせてください」


 次に彼女が顔を上げたとき、とても引き締まった表情をしていて、鋭いその瞳はチナンを映していた。


「意見、とは?」


 そのしっかりした声は、よく知るナイーダの声で、背中を向けたチナンがそれに対してひどく低い声で応じた。


「あなたはこれを見て、どうお考えですか?」


 真剣そのものだったナイーダの言葉にキッとしたチナンの視線が向けられる。


 情けなくも俺なら縮こまってしまいそうだけど、ナイーダは怯むことなく見つめ返している。


「俺の意見は、『表記なし』の二人が同じ日付の同じ時刻に発見されていることにまず注目した」


 ナイーダが手に持つ紙をトン、と差し、彼は続けた。


「つまり、二人は同時期に森に入った可能性が高い。だが、ここのことをよく知らない人物かもしれないし、故意にここに近づいたのなら話は別だ。だが……」


 そこで、一度言葉を切り、チナンは少し考えたようにまた口を開いた。


「俺の推測だとな、これは王家の人間じゃないかと思うんだ」


「え……」


 力が抜けたような声を出してしまったのは、なぜか俺だった。


「な、なぜ……」


 なぜ王家の人間がこんなところに……


「さっきも言った通り、『表記なし』という文字を使うことに理由は二つある。それはもう既にこの世に存在しない人物なのか、それとも、高貴な人物か。でも、この二人が発見された場所は、『中心部』だと記されてある」


「女性二人の足で、ここまで歩くのは不可能だと言うことね」


 的を得て話を進めるチナンの言葉の後に淡々としたナイーダの声が続く。


「ああ、そういうことだ」


「……足ではない何かで移動した、のですね」


「攫われたが、もしくは……」


 チナンはそこでゆっくりナイーダに視線を向ける。対するナイーダは瞳を大きく見開き、言葉を失っているように見える。


「馬を使えばどうだ?」


「う、馬?」


 あっけらかんと言い放ったチナンに、今度は俺が声を上げる。


「王家の……しかも女性が……?」


 俺らの住む、このイディアーノ国では、女性が馬に乗る習慣はなく、そんな姿はほとんど目撃されたことがない。


 俺が声を上げてしまったのは、女性だけの乗馬をしていたとなれば、もしそんな人物がいたとしても、それを目にした誰かが必ず不自然だと思ったはずだからだ。


 でも、そんなことも書かれてはいないし、異常はなかったはずだ。そう思ったのだ。


「そうだ。馬だ。一般的に、この場合だと何者かによって浚われた女性達がここへ置き去りにされた、という線もある」


 これが一番確実だろう、と言わんばかりにチナンは続け、そして言った。


「でも、王家の人間が浚われたのなら、これは事件だ。いくらここが城から離れてはいたって、それくらいの情報は届くはずだ。少なくともここは、少しでも女性が近づかないように厳重に警備がされているはずだからな」


「と、いうと……」


 誘拐という可能性も低い、ということだ。


「警備の目を盗んでここに入り込んだ人間がいるということですね。でも……」


 それは不可能だ、と言いかけた俺を無視し、チナンは続けた。


「忘れたか? いくら優れた警備があったとしても一つだけ通されることが許されるものがあるということに」


「え?」


「王家所属の近衛隊の人間なら、問題なくここを使うことは可能だったはずだ」


「こ、近衛隊……?」


「聞いたことがある。これも噂だが、王家に仕えていた、近衛の一人に異例の人物がいたかもしれないということは」


「い、異例の人物……?」


「女か男か、性別が不明だった人物がいたそうだ」


 少し曇ったように見えるチナンの表情は読み取れない。でも、隣でナイーダが唇を噛んだのが目を向けなくても手に取るように感じられた。

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