第69話 アルバートとナイーダ

「いつも羨ましくて憧れて、同じ位置に立てないのならせめて支えになりたいと思っていた。本当だ」


 いつも、本当に困ったほどに彼を追い回していた。早く追いつきたくて、置いて行かれたくなくて。でも、これだけは事実だった。


「本当に俺は……」


「ああ、わかってるよ」


 瞳を揺らしたナイーダに、アルバートは何かを決したように瞳を閉じた。


「わかってる。おまえは……」


「わかってないよ。俺はおまえにいつも迷惑しかかけていない。おまえは過度な期待を嫌うのに、俺は自分の気持ちを押し付けてばかりで、本当に悪かったと思っている」


 アルバートは動かない。


 彼はわかっているのだ。


 一瞬でも動けば、ナイーダの向けた刃に貫かれるであろうことを。


 この型が決まったときのナイーダは無敵なのだと、彼が言ってくれたのだから。


「もう邪魔しない。遠くからでもおまえの幸せを祈ってる。アルは俺の……」


 そう告げた途端、必死で堪えていたはずの涙が零れた。


 でももうナイーダは気にしなかった。


 これが最後だ。


 そう思ったら強くなれる気がした。


 こぼれ落ちる涙を拭うこともせず、そのまましっかりアルバートを見つめた。


「俺の大切な人だったよ」


 友として、よきライバルとして。


 そして……


「じゃあな、アル」


 元気で、と涙でいっぱいにした瞳は堂々とした輝きを放っていた。


 剣を構え直し、既に逃げやすい体勢に入っていたナイーダは身軽で、アルバートより有利だということを知っていた。


 だが、躊躇なく伸ばされた、彼の手の方が早かった。


「なっ!」


 ナイーダがよく知る、嫌な色が彼女の剣を伝って流れ落ちる。


 そんな光景が信じられず、ただぽかんとしたナイーダは刃の先を眺める。


「ア、アル……」


「ってぇ……」


 アームカバーをしているとはいえ、あまりの無謀な行動だ。


 動けなくなったナイーダから強引に剣を奪い取った彼がそのまま剣を硬い地面に叩きつけ、それは鈍い音を立てて転がった。


「あ、アル!」


 手首を握り、顔をしかめるアルバートにナイーダは背筋が寒くなった。


「ちょっと見せて……」


 震える声を必死に抑えてナイーダは慌てて止血に入る。


 傷に気を使いながら、アームカバーを丁重に外していく。


「今、手持ちの薬草がなくて応急処置しかできないけど……」


 刃を向けたのは自分だ。


 こうなる可能性があることは理解していたはずなのに、いざ彼を傷つけてしまうとその事実に打ちのめされそうになった。だけど、


「そのまま触るなんてバカだよ」


 大切な手だというのに。


 使えなくなったら終わりだというのに。


「ああ、バカだよ」


 言うなりぐいっとアルバートはナイーダを引き寄せる。


「捕まえた……」


「ちょっ、アル! き、傷が……」


 しっかり抱き込まれる形で動きを封じられたナイーダは混乱する。


「大丈夫だ。ほんの少し切れただけだ。このアームカバーは優秀だからな」


「なっ、だ、騙したのか」


「でないと逃げるだろ……」


「ひ、卑怯だぞ!」


「手段なんて選んでる余裕はなかっただろ」


 しまった、と思ったときにはすでに遅く、背に添えられたアルバートの手はぐっと力がこもり、彼の胸に頬を押し当てる形になりながらナイーダは動けなくなった。


「逃がさない。絶対……」


「は、離せ。アル、た、頼むから……」


 逃げられない。


(まずい。まずいんだよ)


 もうここにはいられないのに、心が動揺してしまう。


「アル……はなし……」


 ナイーダの声は震えていた。


「ごめん」


「え……」


 振り絞るように呟かれたアルバートの言葉にナイーダは目を見開いた。


「そんなつもりじゃなかった。おまえを傷つけるつもりなんてなかったんだ」


 アルバートの額が、ナイーダの肩に触れる。


「必要とされてないなんて、言うなよ」


 表情は見えない。


 でも、こんなにも弱々しい彼の声を聞いたのは初めてだった。

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