第67話 禁断の森の番人

「モールス・ブエノスティーは、幼い時からいつもひとりぼっちだったわたしに優しく接してくれて微笑みかけてくれる人だったよ」


 それから強くてかっこいい人だった、と彼は懐かしそうに瞳を細める。


「ただ、自慢の妹がいることは知っていたけど、弟がいるとは聞いていなかったからリリアーナから初めて聞いた時は少し驚いたよ」


 ナイーダを見つめ、彼は笑った。


「あ、あの、お、俺……」


「リリアーナからは一言だって、君がさっき自分で言ったみたいなことは聞いていないよ」


 中途半端で人の役に立つことがないのだと。


「いつも、わたくしには素敵なナイトが二人もいるのだとリリアーナは無邪気に笑っていてね。わたしのお嫁さんとして来てくれたお姫様は君たちのことにしか興味がないのだと子どもながらに嫉妬してしまったくらいだったよ」


 はは、と笑う彼のしぐさはあまりに上品で、今さきほど耳にした言葉も驚きだったが、その様子に目を奪われかけた。


「ナイーダ・ブエノスティー」


「はっ、はい!」


「むしろ君にとても感謝していると言っていた。もちろん、わたしも感謝している。わたしがいない間に、本当によく彼女を守り続けてくれた」


 そして、と付け加え、彼から笑顔は消えた。


「わたしには、まだやるべきことが残っている。母を、いや、あの場所をこのままにはおけないんだ。今回君やリリアーナに起こったような出来事をもう二度とあの場所で起こしてはいけないんだ」


 先程までの穏やかな雰囲気とは一変して、彼の眼差しは鋭い光を宿していた。


「あの場所は、わたしがどうにかする。そう決めたんだ。でも、これからもまた、リリアーナを君に任せていかなければならない。本当に申し訳ないと思っている」


 本当は手放してあげないといけないんだけど……そう続けたエリオスの言葉をナイーダが最後まで聞き取ることはなかった。


 ただ目の前で頭を下げる彼にナイーダはひどく取り乱し、慌てていた。


「え、エリオス様、おやめください!」


「でも、君のおかげで、あんなに生き生きしたリリアーナに会うことができた」


 ふと思い出すようにエリオスは柔らかく瞳を細めた。


『覚悟して下さい。もうわたくしはただ大人しく待っているただのお姫様じゃございませんわよ。あなたがどこへ行こうとわたくしはあなたを追いかけて、そしていつかちゃんとわたくしの元へ戻ってきてくださるようにしますから』


 自分がもう行かなくてはいけないとリリアーナに告げた時、強い瞳で頷き、彼女は笑った姿を彼は思い出していた。


 昔、よく暗闇に怯えてひとり泣いていた少女が嘘のようだった。


「君のおかげだよ。ありがとう」


「エリオス……様……」


 どうしたらいいのかわからなくて、ただ立ちつくすしかできなくなったナイーダに背を向け、エリオスはそのまま姿を消した。


 ナイーダはただその姿を見守るしかなかった。

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