第65話 モールス・ブエノスティー

『待って!!』


 ナイーダは叫んでいた。


 目の前に立つ、今までずっと笑顔だった兄上の瞳がなぜか今日は曇っていた。


『あ、兄上……待って……』


 俺が、俺が何もかも、投げやりに手放そうとしたことに落胆してるのか……そう思ったら、また泣きそうになった。


『あ、兄上……ごめん。お、俺、みんなを悲しませてばかりだ。アルも、父上も、それから兄上も……お、俺は、何をしてもうまくいかない……』


 初めて口に出したら、やっぱり涙が零れた。


『ごめんな、兄上。俺、全然兄上の変わりを務められなかった』


 何をしても中途半端なくせに、負けん気と逃げ足だけは早かった自分が情けなかった。


『どうやったら、父上に喜んで貰えるか、愛して貰えるか、いつも考えてるのに……』


『ナイーダ』


 初めて彼が口を開いたような気がして、驚いたナイーダははっと頭を上げる。


 兄上は何か言った。


 その言葉は、ナイーダは知っていた。


 いつも彼は、ナイーダの問いには答えてくれないと思っていた。いつもただ夢の中で見守ってくれているだけで。


 でも、ナイーダ自身、本当は知っていた。


 夢の中で彼は、いつもナイーダに伝えようとしていたことが。聞こえないようで本当は聞こえていた。気付かないふりをしていた。


『無理だよ。兄上……』


 だって、聞きたくなかったから。


『俺、今度こそ居場所がなくなってしまう』


 それはとても怖かった。


 暗闇の中、いつの間にかまたひとりぼっちになって立ちつくしていたナイーダは、先程見た優しいアルバートの笑みを思い出し、両手で顔を覆い崩れ込んだ。


『あの光だけは、失うのが怖いんだ』

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