第64話 近衛隊の副隊長と男たち

「アルバート、そろそろいいか?」


 後ろの方でセトの声が聞こえた。


「ああ、悪かったな。報告してくれ」


 表情を引き締め直し、再び近衛隊隊長の顔に戻ったアルバートはセトの方に視線を送る。


「ぷっ……」


「セト?」


 顔を合わせるなり話し出すこともせず、身を震わせる部下の姿に、アルバートは眉をひそめる。


「ぶ、ぶはっ! 勘弁してくれよ!」


「は?」


「恋人を大切そうに抱え込んで隊長の顔したって説得力がねぇぞ! てかどこの傲慢貴族の図だよ! 何見せられてんだ、俺は……。お楽しみのところをお邪魔して申し訳ないとしか言えねぇじゃねぇかよ!」


「セ、セトッ!」


 ゲラゲラ笑い出す部下であり同期に、アルバートは思わず口元を覆う。


「なんだよこのムード、勘弁してくれよ! 独り身には目の毒だよ!」


 あ、振られたばっかりだったか、とさらに勢いよく吹き出すセトを顔面から殴りつけたいと切に思う気持ちをぐっとこらえたアルバートはまたひとつ、精神的に大人の階段をのぼったのだと自ら悟ることとなった。


「はは、悪い悪い。いや、でも本当にそいつ、何もなくてよかったなぁと思って……」


 ひぃぃぃー、おかしい!と全然謝罪の色が見えないもののセトはふっと瞳を柔らかくし、信頼すべく戦友に視線を移す。


「本当に、女だったんだな」


 共に切磋琢磨して背中を任せあった仲だ。


 複雑な心境なのだろう。


 なんとも言えない表情を浮かべたセトの心境はどのようなものなのか。


 アルバートはただその様子をじっと見つめることしかできない。それでも、


「セト……」


「最初から眠りに落ちたリリアーナ様より弱ってるのは事実だけど、まさかあの場所で数時間も動き回っていたなんて信じられないくらいだよ」


 顔を上げたときの彼は澄んだ表情をしており、アルバートも努めて口角をあげた。


「まぁ、普段から鍛えてるしな」


 言いたいことは山ほどあるだろう。


 それでもセトはぐっと飲み込んでくれたように見えた。そして、


「報告します」


 近衛隊隊員の表情に戻る。


「エリオス様がまた逃亡されたそうです」


「そうか」


 わかっていたと言わんばかりにアルバートは頷く。


「それで、姫は……」


「ただボーッとして、外を眺めてらっしゃいました」


 でも、とセトは付け加える。


「なんでエリオス様は城から……」


 そんな事実、知らなかった、と落胆したように深い溜息をついたセトは、もうそれ以上は口が開かなくなってしまったように俯いた。


「ああ、そうだな。何も言ってなかったのに黙っていろいろ協力してくれて本当に助かったよ、セト」


 ここは、エリオスの母が眠らされている場所だったから、度々エリオスらしい人物が姿を見せていることをアルバートは知っていた。そして、情報を元にたどり着いた先で、本人と幾度となくやりとりをしたこともあった。


 今、彼が手放した幼いリリアーナはどうだとか、城の様子はどうなっているのだとか。


 そんな些細な情報ではあったが、それを彼に伝えることを任されていたアルバートはエリオス相手に接することにはもう慣れ切っていた。だが、もちろんセトは違った。


 ただでさえ、呪われていると言われる聖地だけに近衛隊全員を連れてその奥まで向かうことはできず、ひとまずアルバートのとった指揮によりみんなに捜させるふりをして、こっそり倒れ込むマリーネとナイーダを近くの民家に運び込むことを途中で合流したセトに任せたのだった。


 そこに現れたエリオスと対面したのは、セトだった。


 セトは初め、エリオスの存在に言葉を失うほど驚いたようだった。それはそのはずだ。


 だが、彼はそれ以外何の口出しもせず、もくもくとアルバートの指示に従って働いてくれた。


 アルバートが次に口を開いた時、はっとしたようにセトの表情が曇ったのがわかった。


 こんなこと、アルバートだって何度も口にしたくなかった。長い間、一人で母につく護衛の目を盗み見守り続けてきたエリオスの気持ちを思えばなおさら。


「リリアーナ様は、そ、そのことを……」


「もちろん知らない。言ってない。俺だけだ」


 そうか、と一言呟き、セトは敬礼をし、そのまま踵を返し出口に向かっていった。

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