第62話 禁断の森と守神の伝説

「あれから四年か。早かったな」


 何かを懐かしむように、遠くを見つめたアルバートが瞳を細めた。


「まさかおまえが、またあそこに足を踏み入れるとは思わなかった」


 ぽつりと呟くように述べられた言葉の意味を理解して、ナイーダはビクッとした。


「それだけでもゾッとしたのに、夕刻からずっと歩き回っていたことに生きた心地がしなかったよ」


 バカナイーダ、とナイーダの背に回すアルバートに指先にきゅっと力がこもったのがわかる。


「あと少しで取り返しのつかないことになるところだったんだぞ」


 よかった、と安堵したアルバートの声がナイーダを包み込む。


「あ、アル……あ、あの森は一体……」


 変な違和感があった。


 歩いている間もその後もずっと。


 それにあそこは、以前もナイーダが意識を失った場所だったから、気になってしまう。


 そう、あれは四年前の、アルバートと遠乗りに出かけた帰りのことだった。


「あそこは……」


 少し言葉を選ぶように視線を泳がせながら、それでもアルバートはナイーダを支える腕に力を入れながらゆっくり話し始めた。


「エリオス様のお母様であられる、ルーシャ様が、なんていうか、その、封印されている場所なんだ」


「はぁ? 封印?」


 その言葉に、ナイーダも耳を疑った。


「な、何言ってるんだ?」


 そんな夢物語じゃあるまいし……


「よく聞け。ここからは大切な話しだから、他言は絶対にするなよ」


「そ、それはわかってるけど、でも……」


 そ、そんなバカな話があるわけない。


「と、いうか、眠らされている。知ってるだろ? 俺らが小さい時に起きた王の奥方たちによる彼女の謀反追放事件……」


「そ、それは知ってるけど……」


 それでも眠らされているって……


「これはすべて憶測だ。現段階では調査段階だから下手なことは言えないけど」


 アルバートがぽつりぽつりと話し出す。


「あの場所は、昔からある女の神様によって守られた聖地だったと聞いたことがある。でも、それを知った卑しい人間達が逆にそれを利用しようと企んだ。そして、卑劣な人間たちの争いで聖地は荒れ果て、癒しの力を失ってしまったそうなんだ。もちろんその出来事はその神の怒りを買ってしまい、それからは生命の源であると言われる女性があの場に立ちよると力を与えるどころか逆に生気を吸い取られてしまうと言い伝えられてきた」


 淡々と説明を続けるアルバートにナイーダは唖然とした。


「じゃ、じゃあ、俺の体調が悪くなったのって……」


「ああ、そうだよ。おまえの体には、その、一応影響するんだよ、あの場所は」


 あえて女の体だから、とは言わず気遣うように言葉を選び、アルバートは言葉を繋ぐ。


「俺も信じちゃいなかった。初めて父上にその話を聞いて、それから少し経った頃も。そうだな、あの日までは」


『あの日』という言葉がズシリと響いた。


「ごめんな、ナイーダ」


 アルは何も悪くないのに、と力なく身を任せたナイーダは未だ霧が晴れない頭でそう思ったが、対するアルバートはまた悲しそうに瞳を伏せ、ナイーダを引き寄せたのだった。


 とてもとても、大切だと言わんばかりに。

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