第60話 あの日もこの場所で

 あの時も、こうやって倒れたのだった。


 あの時は、何も知らなくて。


 自分が女だということも、アルバートとは違うのだということも、あの時はまだ何もかも知らなくて、ただ無邪気に彼の背中を追って毎日何も考えずに遊んでいた。


 それだけだった。


 だって、何もなかったから。


 だけど、違ったんだ。


 あれはナイーダが十一になったばかりの頃のことだった。


 あの日はいつもと違って、朝から少しだるかったこともあった。


 でも、いつもは護衛で付きっきりのリリアーナが社交の一貫として城から出るという日は、近衛でも下っ端だったナイーダやアルバートにとって唯一の休息の日になっていた。


 大きくなってからは剣術の稽古に当てる時間だったけど、この頃はいつも二人で遠乗りをして過ごしていた。


 当時のアルバートは本気でナイーダを男だと信じていた。


 だからこそ今のような気遣いは全くなく、それはナイーダにとってはありがたいことだったのであるが、逆に言えば彼女が無理をする最大の原因でもあった。


 そう。あの日、ナイーダが自分自身に嘘を付き、無理をしてしまったことによって、アルバートに一生忘れられない傷を作ってしまうまでは。


 ブェノスティー家の門前で、何度も何度も跪き、頭を下げては怒りで声も失う程だった父上に向かって謝り続けていた彼の姿は今でも覚えている。


 あの時、動けなくなったナイーダは外に出ることができず、ずっと上からその様子を眺めていることしかできなかった。


 震えが止まらなかった。


 何かが変わってしまうような気がした。


 そして、あれ以来、アルバートの自分への接し方が変わった。


 それがどうしてなのか、今なら理解できた。

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