第26話 何よりも大切な女の子
「なぁ、アルバート」
「ん?」
まだ何かあるのか?と言いかけて、アルバートは驚いた。
先程まで自信のなさそうに揺れていたセトの瞳が、今度は真剣なものに変わっていたからだ。
「セト?」
「最近さ、ナイーダを見ていると、急にメレディスを思い出すんだ」
「え……」
セトの言葉に耳を疑った。
「メ、メレディスを?」
まさか、と思ったよりも動揺した声が出てしまい、アルバートは意識して平静を心がける。
セトも気づきかけているというのか。
「よくわからないけど、それで、確かめたかったというか、今日も会いに来たんだよな」
「ああ、そうか」
そこでアルバートは少し安堵の表情を浮かべた。
驚いた。てっきり、ナイーダが女だということがばれたのかと思ったのだ。
「まぁいとこだしな。似てる部分は多いだろ」
「ああ、それはわかってるけど……なぁ、俺、変かもしれないんだけどさ。た、たまにナイーダにもドキドキする時があるんだ」
「はぁ?」
セトの思わぬ告白に、アルバートは自分でも初めて聞くような意外な声を発していた。
「な、何だと?」
「どうもメレディスに見えるというか、あいつもよく見ると可愛い顔してるだろ。この前一緒に遠出した時、な、何度も……俺……」
「それ、本人に聞かれたらぶっとばされるぞ」
かすれた声で呟いて、アルバートは自分が内心冷や汗をかいているのがわかった。
「そうだよな。俺、絶対どうかしてるよ」
やっぱり変だよな、とセト。
「疲れてるんじゃないのか」
アルバートが言えることでもなかったが、遠征が多かったしな、と付け加える。
「ああ、そうかも」
セトは思ったよりも思い込んでいる様子で、かなり項垂れているように見えた。
「セト、あのさ」
「慰めはよしてくれ、アルバート。頭を冷やすから」
セトは頭を冷やす必要なんてない。
そんなことはアルバートが一番知っていたが、何も言ってやることができない。
真実を知っていても、口が裂けても言えない。
それでも、こうやって本心を素直に口に出して苦悩することが叶うセトがアルバートにはとても羨ましくさえ思えた。
「あ、アル、セトも!」
今ここで一番来てほしくなかった人物が自分たちの方に向かってニコニコ駆けてきて、セトはうろたえるように後ずさりし、それを横目にアルバートは溜息を付きながら彼を庇うように一歩前に出た。
セトはまだ気持ちが整理できていなかったのか、さっと背を向けつかつかと反対方向に向かい足を進めた。
「セト……?」
彼が立ち去ったのを見計らい、少しほっとしたようにアルバートは彼女を見つめた。
「チビスケ、どこにいたんだ? メレディスが捜してたぞ」
「そ、そうか……」
はっとしたようにそっと背に隠そうとする腕をアルバートは見逃さなかった。
それよりもすばやくその腕を取り、彼女の白い手の平を覆う泥を躊躇なく自身の袖元で拭う。
その仕草に、ナイーダは目をまん丸く見開いた。
「ア、アル、汚れるよ……」
「いい薬草は見つかったのか?」
「え、あっ……」
しまった、と言わんばかりに不自然に瞬きをするナイーダにアルバートは笑った。
「真剣に何かに取り組むのはいいが、ほどほどにしておけよ。ほら、手だってこんなにボロボロになってる」
冷たい所で土をいじっていたのだろう。冷えきった彼女の手は赤く腫れ上がっていた。
が、カッと顔を赤らめた彼女はぱっとアルバートの手を振り払った。
怒らせてしまったか。
何となく普段の雰囲気でわかる自分が虚しく、アルバートは肩をすくめる。
「悪い。余計なお世話だったな」
もうこんなの慣れている。
降参と言わんばかりに両手を挙げるアルバートに、ナイーダの瞳が一瞬、悲しそうに揺らいだ。
自分はいつもこんな顔しかさせられないな、とアルバートはため息が出た。
「それで、今日は何を捜してたんだ?」
話題を変えようと試みてみる。
「マター草」
ナイーダは珍しく素直にボソボソと呟いた。ただ、表情は未だに雲ってはいたが。
「マターか、それなら今日は無理だな」
その様子を見て、少し安堵したように瞳を伏せたアルバートにナイーダは目を見開いた。
「ど、どうしてわかるんだ?」
「ああ、マター草は雨の日にシャムスが色を変える草だろ。今日は晴れてるし、水辺ならまだしも、他じゃ見つからないと……あ!」
ふと閃き、未だに驚きを隠せないようにぽかんとするナイーダの手を掴み、アルバートは優しく瞳を瞳を細める。
「よし、水辺に捜しに行くか? いい所を知ってるんだ」
シャムス草が色を変えたマターは、傷を癒す時によく使われていた。専門的な知識がない限りあまり知られていないマター草ではあるが、幼い頃に大けがをした友のためにアルバートが必死で捜した薬草の一つであった。
ナイーダの表情が目に見てわかるように明るくなり、アルバートはそのまま彼女の手を引いて外へ出た。
今日もまた、月がとてもきれいな晩だった。
あの日、血だらけでぐったり倒れた大切な女の子は無意識にも嬉しそうにアルバートの手を握り返してにっこり微笑んだ。
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