第24話 美しい蕾が開くとき
「あら、アルバート。いらっしゃい」
いつもより優しい香りをふんわり漂わせた部屋の真ん中に優雅に座り、リリアーナはアルバートに笑みを向けた。
「残念。ナイーダなら先程まではいたんだけど、メレディスが入ってきた途端にあっという間にわたしのお世話を彼女に任して部屋から飛び出して行ってしまったわ」
「任務放棄ですか、あいつは」
思わずアルバートも苦笑する。
「ねぇ、アルバート。最近、あの子、とても生き生きしているように思わない?」
リリアーナは嬉しそうににっこりした。
「確かに。何かに悩んで俯いてた頃とは別人のように最近はニコニコしてますね」
さりげないその言い方に少し刺があるように感じられ、リリアーナはクスクス笑うことが止められなかった。
「さっきもね、この美しい花を届けてくれたのよ」
テーブルに飾られた、美しい赤い花を見て、アルバートは、ああ、と思う。
「よい香りですね」
凛と咲き誇る赤々としたそれは、ナイーダのようにも見えた。
「ナイーダ、今までお花のことには一切興味を示さなかったのにね」
リリアーナは遠くを見つめるようにして、瞳を細める。
「見ているだけで優しい気持ちになれますよって」
「俺も、毎日のように変な薬草を飲まされています」
「え? そうなの」
「俺が疲れてると思っているのか、毎日毎日持ってきてくれるんですよ」
あの日、書庫でうたた寝をしてしまったものの実はナイーダとセトが話しだした時からアルバートは目覚めていたのだが(というかあれだけ二人が騒いだため、寝ていられなかったというのが事実である)、起きるタイミングというものを失ってしまい、二人の会話を盗み聞きしてしまうといった形になってしまった。
だから自分が寝入っている姿を見て、ナイーダが突然書棚の方に走り出したのも知っていたし、自分のために少しでも力になろうとしてくれたことをアルバートはよくわかっていた。
それでもいつものくせで木の実に向かって一生懸命に手を伸ばしているナイーダを見ていたら素直に言えず、そのままにしてきてしまったのだ。
ナイーダが毎日不思議な飲み物を作ってくるようになったのは、あの時、自分がちゃんと説明しなかったからいけなかったのだとちゃんとアルバートはわかっていた。
だからいつも後味は最悪で苦行としかいえず困り果ててはいるものの、彼女が持ってきてくれたものに対しては文句を言わず口にするようにしていた。
元気になったと告げると無意識に綻ぶ彼女の顔を見ているのが好きなのだ。
アルバートの瞳が、ふと優しくなったのを見て、リリアーナはとても嬉しくなる。
「最近、ナイーダはますますきれいになったわよね」
そう口にしてからリリアーナは嫌なことを思い出したが、アルバートに気付かれないように必死に笑顔を取り繕い続けた。
「ああ、たまに他の隊員たちにバレないか、心配な時があります」
「あなたも調子に乗ってあまりあの子に手を出すのはやめなさいね。今までのあなた達からしたら、とても微笑ましいことだけれど」
その言葉にアルバートはぎょっとする。
「手なんて出してませんよ」
「あら、距離も近いし、やたらペタペタ触ってくる……のはあなたのことではないのかしら?」
「は?」
「『あいつがみんなに人気があるのは絶対あの手の早さからなんだ!』とか言ってナイーダがメレディスに憤慨しているのを聞いてしまったわよ」
隊長と副隊長は仲良しなのね、といたずらに笑うリリアーナに言葉に詰まり、少し頬を染めたアルバートが恥ずかしそうに口元を覆う。
本当に変わったわ、とリリアーナはひっそり思う。あの意地っ張りだった幼なじみたちが歩み寄ろうとしている。
「そうね、わかるわよ。大切な人が無防備であんなに近くにいて、そりゃ近づきたくもなるわよね」
「姫……」
「早くあなたのものに……」
「姫!」
「もう、なによ」
「姫にこの話題をそんな風に上から目線で発言をされるようになる日がくるなんて、夢にも思っていませんでしたよ」
ばつの悪そうな顔で笑うアルバートに、リリアーナは少し安心した。でも、
「ですが、あいつがあんな風になった原因の相手は俺ではないと思います」
その言葉に、リリアーナも笑みを失った。
心当たりがあったからだ。
「この前、他者に対して見たこともないような表情で笑うあいつを見てしまったんです。俺は見たことがありません。それに、俺はこれからもずっと男として接し続けると約束しました。それがあいつの答えです」
少し切なそうに呟くアルバートにリリアーナは胸が痛み、もう黙ってはいられなくなった。
「ねぇ、アルバート。聞いてない?」
「え?」
「ナイーダがエリオス様にお会いしたという話は……」
「え、エリオス様に?」
まさか、といった表情でアルバートの顔に緊張の色が走り、それを見たリリアーナはやっぱり泣き出したくなった。
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