第16話 第二王子、エリオス

「きっと大変なんだろうね。女の子が正体を偽ってそんな格好をしてるのって……」


 ずっとわんわん泣き続け、あまりの涙の量に今度はだんだん疲れてきたナイーダは、ぼんやりしつつも少し落ち着きを取り戻しているところだった。


「え……」


 なぜ、心を許してしまったのだろうか。


 にっこり目の前で微笑む名も知らぬ彼に、冷や汗がタラタラ流れ出すのを感じた。


「あ……あの、お、俺、もも、もしかして……」


 ば、ばれたのか?そう思ったら目に見えてナイーダはうろたえてしまう。


 そんな様子を見ながら、彼はおかしそうにクスクス笑った。


「リリアーナの夫なんだよ、わたしは」


 彼の言葉に、ナイーダはまた、別の意味で動きを止めた。


「お、夫……ってことは……エリオス様……って、えぇーっ!」


 いくら公の場に姿を見せたこともなく、ナイーダも会ったことはなかったとはいえ、こんな所を王太子殿下ともあろう御方がのんきに出歩いていてもいいものなのだろうか。


 未だ内容がよく飲み込めないナイーダに、第二王子と名乗る彼は片目をつむってみせた。


 ふわふわとしていて不思議な人だ。


 軽率そうなのに包容力というか、何でも受け止めてくれる大きな力を持っている気がする。


「妻の近辺のことならよく知っているつもりだ。特に、幼い頃からお世話になっている君たち二人の付き人さんのこともね」


 見るからに、ゲッという表情を浮かべたナイーダに、また彼は大声を上げて笑った。


 そんなに笑わなくても……と、彼女が頬を膨らませるほどに。


「大切な妻を預けている人たちだ。君たちの事情も勝手ながら把握している」


 疑問いっぱいといった表情のナイーダに彼はゆっくり続けた。


「確かに、もう一人の彼は、男のわたしから見てもいつも本当にかっこいいと思うよ」


 ああ、アルバートのことか。


 思い出してはまた口元を引き結ぶナイーダに、また彼は優しく瞳を細める。


「気付いてはいるのかな。彼といる君はね、一瞬、女の子に戻るんだ」


 少し間をあけ、エリオスはその言葉に呆然としているナイーダの頬に優しく手を当てる。


「表情でわかるんだよ」


「う、うそ……」


「それなら今日君が流している涙は、彼とはまったく関わりのないことなのかな」


 ナイーダはいつも以上に頬が熱くなるのを感じた。


 知らなかった。そんなこと。


 自分は、いつもただ彼に近づきたくて……でもそれは……その気持ちは……


「君は、彼を意識しているんだよ」


 い、意識……


「た、確かにあいつのことは……」


 意識をしている。


 良き友、良きライバルとして。


「わたしの言っていることは、きみにはわからないことではないと思うけど」


 優しくささやかれたその言葉に、ナイーダはもう頭の中がいっぱいいっぱいになってしまい、それ以上は答えることができなくなってしまった。


(お、俺が……あいつを……)


 まさか!と即答で自分の頭に言い聞かせる。


 彼のことはいい友であり、いい相棒だと思っていたし、これからだってずっとその関係が続くと思っている。


 だからそれ以外の感情なんかありえないし、考える気にもならない。


「それとも、わたしが怖くて泣いているのかな」


 ナイーダを気遣うようにいたづらに笑みを浮かべるエリオスに思わずナイーダも笑ってしまった。


「まさか!」


「それなら、どうしてだろうね」


「わ、わかりません。ご、誤解しないでください」


 あまりにその空間が自然すぎて、ナイーダはその後ろを揺らめく人影に気が付かなかった。


『思うんだ。なんで男なんだろうって』


 珍しく見知らぬ男性に向けて満面の笑みを見せるナイーダを目にしたアルバートはそのまま気配を隠していつものどおり通り過ぎた。

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