第12話 愛しの姫君の前で
あれから毎晩、練習後の稽古場でアルバートの厳しい声が響いていた。
「違う! もっと早く! そこは左に体重を移して!」
カンカンカン!と、いつにも増して激しく鳴り響くその音に、周りの隊員たちは息を呑み、特別稽古をされるのだと勘違いした者は、副隊長のように隊長に目をつけられないようにしようとできるだけ努力に励んだものだった。
「わかるか、右に突く時はこうだ!」
アルバートの声もだんだん遠くなる程、肩を上下に揺らし、ゼエゼエと息をしていたナイーダはかなり疲れ果てていた。
地獄のような訓練のあとのため、なおさら疲労感が隠しきれない。
「さ、もう一度」
ナイーダに比べ、今まで動き回ったのが嘘のようにケロッとしたアルバートは、再び彼女に向けて剣を構えた。
「お、鬼……」
「男だろ」
顔色を失い、息をするのがやっとのナイーダが力を振り絞って吐き出した言葉は、アルバートのその一言に打ち崩された。
「それに、俺もそろそろ姫のとこに戻らないといけないし、時間もない。だから限りある時間の中でできるだけおまえが感覚をつかめばいいと思ってるんだけど、おまえが無理そうなら今日は……」
「や、やります! 続けてください!」
やめるか?と言われる前に飛び上がるようにしてナイーダは立ち上がった。
言葉だけにしても、アルバートから男だと認めて貰えたのが嬉しかったのか、先程までへばっていたのが嘘のようにナイーダは生き生きと誇らしい表情を浮かべていた。
頬を伝う汗がキラッと輝いて、キリッとした彼女の美しい顔を一層際だたせる。そして彼女は満面の笑みを浮かべ、アルバートの攻撃を待っていた。
「……っ」
だが、次に攻撃できなくなっていたのは、アルバートの方であった。
「ア……ル……?」
彼の表情を見て、ナイーダは驚いた。
珍しくもアルバートの顔が赤々と染まっていたのである。
「ア、アル……どうした?」
「な、何でもない」
くそ、と言うようにナイーダから視線をそらせ、アルバートは額に手を当てる。
ナイーダははっとした。
彼にこんな表情をさせる人物は、一人しかいなかったからだ。
「二人とも~」
そう、彼をこんな風にする、唯一の人物。
「噂には聞いていたけど、本当によく頑張っているわね」
フードで顔は覆っているものの、その輝きは隠せていない。
まるで女神のような美しい表情を見せ、優雅にドレスを翻し、二人を見つめ感激したように拍手を送りながら近寄ってきたリリアーナはそのままナイーダに飛びついた。
「ナイーダも素敵! そんな可愛い顔でそこまで強かったら、またすぐに惚れてしまうわ~」
ナイーダにしっかり抱き付いたリリアーナは、ふわりととてもよい香りをまとっていた。
「ひ、姫! ダメじゃないですか。一人で勝手に抜け出してきて……」
慌てて割り込んできたアルバートに、リリアーナはまた可憐に微笑んだ。
「あら、いいじゃない。わたくしも久しぶりに二人の剣を交えた姿が見たかったんだもの。ちゃんと窓の外から見ていたし、場所はわかっていたのよ」
困惑するアルバートとナイーダを前に、リリアーナは得意気だ。
「だ、だとしても無茶すぎる……」
「それにわかっていたわ。ここにこれば、あなたたち二人がしっかり守ってくれるのでしょうし、どこよりも一番安全だと思うわ」
相変わらず、お似合いの一言で片づけられそうな二人の姿がそこにあった。
第三者から見ても、キラキラ輝いて見え、とてもとても美しく見えた光景だった。
ナイーダはこの光景を見るのが好きだった。
それはいつもの見慣れた光景で、こんなこと気にするべきことでもなかった。
そんなナイーダだったのに、胸に走る、ドクンという妙な胸の高鳴りに、呆然とただその場に立ちつくしていた。
「それでね、今日は二人に差し入れを持って来たのよ」
「で、ですが、姫……」
「お堅いことを言わないで、アルバート。ナイーダはもう疲れ切ってるじゃない。甘い物も必要よ、ね? そうでしょ、ナイーダ」
「お、俺、失礼します」
うきうきと後ろに隠し持っていた手提げ籠を見てみて!と言わんばかりに差しだし、満面の笑顔を向けてくれたリリアーナに、ナイーダはただ一言、そう言い放った。
「え……」
当たり前にもリリアーナの表情から笑顔は消え、少し泣きそうな顔になった。
そんな彼女の表情を見ていたら、もういてもたってもいられなくなり、ナイーダは『失礼します』の一言も述べず、頭だけ下げ、その場を足早に立ち去った。
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