第11話 強くなるために

「そう落ち込むなよ、ナイーダ」


「そうそう、相手はあのアルバート隊長だ。仕方ねぇって……」


「おまえの強さも認めているけど、あれは別格だって」


 赤々と輝く夕日が西の空に沈みかけた頃、膝を抱え座り込んだナイーダは放心状態に陥っていた。


(それでも俺は副隊長だ)


 ナイーダは今にも泣き出したかった。


「あはは、今に始まったことじゃないだろ、アルバートの強さは……」


「間違いねぇ。おまえだって知ってるだろ」


 情けの言葉をかけてくれる優しい同僚たちに囲まれ、ナイーダはさらに縮こまった。


 開始早々、彼女の剣は大きく宙を舞った。


 一瞬にして、アルバートの剣に仕留められたのだ。


 気付いたら手に持つはずの剣はなく、その背後で地面に刺さる音がして、手ぶらの彼女に容赦なくアルバートは自分の剣を向けた。


 そして現在に至るのだ。


『いつでも相手してやるよ、チビスケ!』


 彼が立ち去る間際に残した、そのセリフも頭に焼き付いた。


 やっぱり自分には、無理なのだろうか?


 またそんな気持ちが襲ってきた。


 もう、限界なのか?そう思う。


 全然強くはなれないし、アルバートとは差が出てばかりだ。他の隊員とだって、本気で勝負をしたらもう敵わないかもしれない。


 なぜ、自分が近衛団で副隊長を任されているのか、それすら疑問になってきたナイーダは誰もいなくなった稽古場で、そんな雑念を必死で消そうとまた力いっぱい剣を振り落とし、一人で練習に励むこととなった。


『チビスケ……』


 ふとアルバートの声が聞こえた気がした。


(くそ、チビチビって……)


 チビじゃなく、もっと彼に近い存在なら、彼もちゃんと相方として認めてくれるのだろうか。ふとそんなことを想像してしまう。


 セトは、戦闘技術的にはアルバートにまだまだ及ばないが、背丈はあるし、筋力だってしっかり年相応に備わっていて、アルバートと並んでいてもそう問題はなかった。


 それなのに自分は……


 だから、アルバートはナイーダをやめさせたいのかもしれない。


 日に日に限界を感じるようになってから、こんな風にうじうじ悩む自分も嫌だった。


「なぁ、チビスケ」


 また、そんな声が聞こえた気がした。


「くそ、チビチビって……チビって言うな! あっ……」


 見上げる先に、先程まで想像していた顔が自分を見下ろしていて、ナイーダはハッと息を呑んだ。


「ア、アル……」


「ただでさえ細い腕なんだから、一般男児に勝てると思うな」


 どうしてここに?と聞こうとしてやめた。


 今の言葉にまた怒りが込み上げてきたからである。


「お、俺は……」


「わかってる」


 真剣な瞳できっぱり返された言葉に圧倒され、うっと息を呑む。


「でも、だったらなおさら体に合った動きにした方がいいと思うんだ」


「え……」


「例えば、おまえは誰よりも身軽なんだから、そういった面をもっと強化した方がいい。今のままじゃ駄目だ」


 その言葉にナイーダは目を驚きのあまり、見開いていた。


「リリアーナ様も貴婦人方との談笑会に行かれたし、今なら時間はある。練習に付き合ってやるよ」


(あ、アル……)


 たまにこうやって伝わってくる彼の優しさが身を震わすことになり、また頬を赤らめたナイーダであったが、ナイーダ本人は認めたくなかった。


「し、仕方ねぇな。そんなに言うなら付き合ってやってもいい」


 それだけに出た言葉は、やっぱりこんなひねくれた言葉だった。


 やれやれと呆れたように溜息をついたアルバートも嬉しそうに剣を構えるナイーダに口元を緩めた。


 それから、彼らの地獄のような練習会は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る