第2章
第10話 永遠のライバル
あの二人の美しい光景は見慣れている。
だからナイーダにとって、そう深く考えることでもなかった。
主従の関係を超えて、とても微笑ましいものだ。そして、ナイーダだけが知っていることもある。
アルバートはリリアーナに好意を寄せているということだ。
いや、アルバートだけではない。リリアーナはリリアーナですでに王太子殿下の妃の身ではあるものの、彼女もまた、実はアルバートと同じ想いを持っていることも知っていた。
そもそも王太子殿下であるエリオスは体が弱く、滅多に公の場に姿を見せないし、最近は部屋にもこもりきった様子でほとんどリリアーナにも会っていないと聞いている。
それをいいことにリリアーナもリリアーナで好き勝手動いているようだった。
二人の様子は鈍感なナイーダから見ても、紛れもなく相思相愛でお似合いに見えた。
ただ、それが許されない関係にあったとしても。
別にそんな二人のことを今さらとやかく言うつもりもないし、二人がナイーダにも黙っていようとしているものだからできるだけ気付かないように試みてもきた。
それでも疑問に思うこともある。
アルバートが謎の女と一夜を共にした(と噂になってはいる)ことを知ってもリリアーナは満面の笑みを浮かべて笑っていた。
ナイーダだとわかっていてからかっているのだろうか。
しかし、気にはならないのだろうか。
(いや、気に……しないわけがないか……)
幼い頃からすでに、彼女は王太子妃としての責務を全うしていた。
そんな彼女が人前で自由に感情をあらわにするわけにもいかないだろうしな、とナイーダは自分で納得し直し、その反面悲しくなった。
アルバートに限って何か間違いを犯すことなんてことはないとは思っているし、リリアーナもわかっているのだろう。
それでもいかなる時も他の人の前では本心を見せることが許されないリリアーナにナイーダは深く同情した。
二人は想い合っている。
あんなに想い合っていて、あんなにもお似合いの二人がうまくいかないなんて、本当にうまくいかないものだ、と思わず溜息が出た。
「……ダ、ナイーダ……」
「へ?」
「おい、何ボーッとしてるんだ。しっかり前見てる? 無差別に切りまくるなよ!」
はっとしたナイーダは目の前でニタニタと意地悪く笑みを浮かべるセトと目があった。
近衛団の剣術の稽古の最中だったのだ。
「しっかりしてくれよ、副隊長!」
昨日の今日で気まずいというよりは、絶対にアルバートの噂を流したのもこいつしかいないと思っていたナイーダはセトに一発喰らわしてやりたかったが、それではせっかくアルバートに救ってもらったことが水の泡になってしまうため全力で堪えていたのだった。
「別にボーッとなんてしてねぇよ」
「そんならいいけど。加減なくおまえが打ち込んできたら俺は死ぬからな。程々にしてくれよ~」
そう言ってニッと歯を見せる彼に、やっぱり憎めないヤツだなぁとナイーダも笑った。
カン、カンッと辺りでは激しく剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。
その中でやっぱり人集りを作っていたのはアルバートのところだった。
「本当に強いよな、アルバート……」
「ああ、あいつ程のヤツがいてくれるからいつも助かってるしな」
「あいつには王もよく評価しているそうだ」
「そりゃそうだろ。俺らからしてもアルバートさまさまだしな。誰からも一目置かれる存在なんだよ、あいつは」
「所作まで美しいとか反則だろ」
いつにも増して褒め称えられるアルバートへの賞賛の言葉に自称・ライバルであるナイーダはなんだか妙な気分になった。
「今日はいつにも増して気合いが入ってるな、あいつ」
セトも誇らしそうに彼に見入っていた。
「そうか? いつもと変わらないと思うけど」
「昨日の噂の後だからさ、しっかり剣では誠意を示してるんだと思うよ、あいつなりに」
やっぱりかっこいいな〜!と絶賛するセトの言葉に、ナイーダもチラリと人集りの真ん中で汗を流して剣を振るうアルバートを見やる。
確かに、いつものような余裕が今日の彼にはなかった。汗だくで、見るからに真剣で。
元々、稽古の時は誰よりも熱心に取り組んでいた彼であるが、それでも今日の彼はいつにも比べ、鬼気迫るものかあるというか、気迫というもの自体が違って見えた。
「アル!」
だから、ナイーダはいつものように叫んでいた。このままではいられない、と。
「いざ、勝負っ!」
「はぁ……?」
いきなり迫り寄るナイーダにアルバートは困惑した表情を見せ、セトはセトでいつものように呆れ果てた表情で額に手を当てた。
「やめとけよ、ナイーダ!」
「そうだそうだ。おまえじゃ無理だって!」
「そうそう、無理無理」
と、いつにもなく大爆笑に包まれる観衆の声にナイーダはますますムキになる。
目の前で尻餅をつき、ゼエゼエ言いながら倒れ込んだアルバートの練習相手たちを目の当たりにし、ナイーダは唇を尖らせる。
周りの笑い声に恥ずかしくなった。
それでも、アルバートだけは違った。
「いいけど」
そう言って、剣を握り直したのだ。
彼はいつもそうだ。何だかんだで、いつも笑わずにナイーダの相手をしてくれた。
それだけにどれだけ意地の悪いことを言われてもそれがナイーダにとって、怒ることはあっても嫌味には聞こえなかった。
「本当か!」
先程とうって代わり、嬉しそうにぱっと表情を綻ばせたナイーダに何人かの武官が目を奪われ、微かにアルバートも頬を染めた。
だが、肝心の本人はアルバートに相手をしてもらえることの嬉しさに気付いてはいなかった。
「よし、こい! アルバート・クリアス!」
そして、いつものように繰り広げられた幼き頃からの因縁の戦いは、カーン・スパ・サクッという三拍子音を持ち、あっという間に終わりを告げた。
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