グレーなキブン

鮮やかなルビー色をして

薄黄色い果実を纏ったいちごを一粒

口に入れた


去年食べたいちごは色が薄かった

それでも十分な程に甘くて

とろけるような幸せに包まれたのは

今も鮮明に憶えている

だから今食べたいちごも

あの時と同じように

幸福をもたらしてくれると思って

そう願って口にした。


なのに、どうしてこんなに酸っぱいのかな


ヘタの付いた頭から先っぽまで

鮮やかな真っ赤だったのに

まだまだ二十粒は残ってるのに


あの日は柔らかい風が吹いて

心地の良い春の日だった

お日様が優しく照らしていたね

今日は生温い風が吹いて

晴れているけど妙にしっとりとした

気分の晴れない日だった


お皿に乗ったいちごを一粒摘んだ君は

一口で食べるのが勿体無いって

半分ずつ食べてたね

だから指先を伝った赤い果汁が

白いパーカーについて

君はピンクに染まった袖口を

誤魔化すように笑ってた

今日の君は何をしてたんだろうね


少し深めのお皿に

この酸っぱいいちごをゴロゴロ入れて

持ってきたスプーンの裏でぎゅっと潰した

指先を赤い汁が滴って

潰れたいちごは

空気のなくなった風船みたいに

夢を消してしまった

あの日君が染めたみたいに

僕もこの袖口を汚さないようにしないとね


いちごと一緒に潰れていくのは

僕のこのどうにも嫌になってしまった

グレーな気分ならいいのに

一緒に潰れていくのは

元気だったあの頃の自分で

一体何がそんなに変わったんだろうね

変わらないと思ってたのにな


いちごがどうしても酸っぱかったのは

あの日みたいに

君が一緒にいないからなのか

あの頃みたいな輝きを

僕が見いだせなくなってしまった

この擦れた心のせいなのか

それとも単にいちごが酸っぱいだけなのか

どうにも分からないな

分かりたくないのかもしれないね


潰し終えたいちごは

さながら血にまみれた死体のように

グロテスクで

子どもの頃教わったみたいに

ミルクを入れたら

あの日君が染めたパーカーの袖口みたいな

白っぽいピンク色になった


君の笑顔が蘇って

切なくて虚しくなっちゃったな


だから忘れないうちに

いちごミルクに砂糖を入れて

子どもの頃によく食べた

酸っぱいいちごを楽しむ食べ方をしよう


空想と過去の楽しい思い出は

今のこのグレーな気分を変えてくれるから




混ざりきらなかった砂糖は

口の中でザラっと甘ったるく広がった

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