第4話 校正って大事編

「ぎゃあああっ!!」


 ある日、わたしは部屋の中で悲鳴を上げた。


「なんじゃなんじゃ。朝からうるさいのう」


 ベッドの上からタマが呆れた眼差しを向けてくる。


 タマはわたしが飼っている猫だ。なぜか人間の言葉を話す。


 わたしはデスクから振り返って、タマに声をかけた。


「また校正原稿で誤字脱字が見つかったんだよ!」


「なんじゃそんなことか」


 タマは何事もなかったようにまたベッドの上で丸くなる。


「なんじゃそんなことかじゃないよ! もう校正原稿も2回目だし、あんなに何回も見直して提出したのに、まだ誤字脱字があったんだよ? しかも、このページのセリフも設定と矛盾しているし、同じような表現をくり返し何度も使ってるし!」


 わたしは机に突っ伏して声を上げて泣く。


「ああ、わたしには小説の才能がないんだー!」


「あいかわらず大げさな奴じゃのう」


 タマは呆れた眼差しでこちらを見てくる。


「せっかく久しぶりの書籍化だっていうのに……!」


 そうなのだ。わたしは今、久しぶりに書籍化のチャンスが来ていた。


 わたしは一昨年からウェブ雑誌にて、テレビアニメにもなった『ヴァルキリーガール』という小説の連載をさせてもらった。


 しかも、書籍も発売されることが決定されて、連載版から大幅に加筆修正作業をした。


 パソコン上で何度も内容を確認してから提出したはずなのに、いざ校正の段階になったら、誤字脱字やら言葉足らずやら重複表現やらがたくさん見つかってしまい、慌てて修正する羽目となってしまったのだ。


 タマがおやつのチーカマを食べながら言う。


「それはおぬしがちゃんと提出する前に、原稿を印刷して自主的に校正をしないのがいけないのであろう? パソコンで原稿を見ているときはなんとなく眺めているだけで、ちゃんと丁寧に原稿など見てはおらん」


「……うっ」


「校正の段階で直せばいいなどと甘ったれた考えで原稿を出すから、そのようなはめに陥るのだ」


「……ううっ」


 確かにそのとおりかもしれない。


 パソコンで原稿を書くときは横書きだったが、書籍ともなれば縦書きとなる。


 横書きでは意外と細かい表現には気づかないものだ。


「本来日本語は縦書きで読むようにつくられておる。近年ウェブで小説を読むときは、横書きで読むこともあろうが、書籍化する時には縦書きで読む以上、縦書きで印刷をして見直すことが大事なのじゃ。横書きでは目が滑ることもあろう。おぬしだって昔は公募に出すときは、印刷して赤を入れておったではないか」


「それはわかってるけどさ……。久しぶりだったから、つい忘れちゃって……」


 大昔に公募で小説の原稿を出すときには、必ず印刷をして自主的に赤字を入れてから出版社に投稿していた。


 けれど、ラノベ作家をドロップアウトしてからは、ゲームの仕事を多く手がけていたこともあり、ゲームのテキストは横書きが基本だったために、小説の感覚を忘れていたのかもしれない。


「もし次の機会があるのなら、担当編集に提出する前に、きちんと自主的に校正して文章を整えてから提出するんじゃな」


「……はい」


「ゲームシナリオは大勢が関わるために、クオリティが低ければ、シナリオディレクターや他のシナリオライターが修正することもあるし、誤字脱字の修正を専門に担当しているライターもいる。他の人たちがカバーをしてくれるのじゃろう?」


「……はい。そうです」


 わたしは素直にうなずく。


「対して、小説というのは原作者の責任が大きい。校閲や編集のチェックがあるにしろ、最終的には原作者の自分の判断に委ねられる。自分の名前が全面に出るということは、そういう責任が伴うのじゃ」


 タマの言うとおり、わたしはまわりに助けられていて、考え方が甘くなっていたのかもしれない。


 ゲームでのびのびとシナリオを書かせてもらった時は、他の誰かがわたしのシナリオをチェックして校正してくれていたのだろう。


 対して小説は名前が出る以上は責任が伴うから、もっと細かい表現にも注意を払うべきだったのだろう。


「……次からは原稿を印刷して、校正してから提出するよ」


 わたしががっくりと肩を落とすと、タマは苦笑しながら続けた。


「じゃが、まあ、誤字脱字や矛盾を完璧になくすことは不可能じゃ。そればかり気を取られて小説が書けなくなったら元も子もなかろう。自分にできることを精一杯やったら、あとは諦めることも大事じゃぞ」


「……うん、そうだね」


 1作品1作品を丁寧につくることは大事だけれど、細かい枝葉に気を取られて原稿が完成させられなかったら意味がない。


 反省を活かして次に繋げることとしよう。


「わかったら、さっさと校正原稿を終わらせぬか」


「わかった! わたし、頑張るよ!」


 わたしは再び校正原稿に向き直ったものの、ふと思い出したように振り返った。


「ところで、タマ……」


「……ん? なんじゃ?」


「なんで猫のくせにゲーム業界のことまで詳しいの?」


 わたしの質問に、タマははぐらかしたように丸くなった。


「おお、そろそろ寒くなってきたし、寝るとするかの」


「……またはぐらかしたな」


 本当にこいつは何者なのだろうか、と思ったけれども、それより早く校正を終わらせなければならずに、再び山のような紙の束へと向かっていったのだった。

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【エッセイ小説】売れないシナリオライターと爺くさい猫 秋月大河 @taiga07

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