第10話

ヴィンスと再会してから三年が経った。

パトリシアのお腹の中には、ヴィンスとの間の子供がすくすくと育っていた。


あの日、何故ヴィンスが結界内に入れたのか、何処で何をしていたのかなど、久しぶりの再会はお互いに身体を寄せ合いながらの報告会のようなものになった。

ヴィンスが結界内に何故入れたのかと言うと、パトリシアの兄グレンから結界を無効化する魔道具を貰っていたからだった。

パトリシアと別れたあの日、グレンに呼び出され渡されたのだそうだ。

元々ヴィンスは、しばらくこの国を離れる予定だったのだが、いつでも戻ってきていいのだと言われた気がして、気持ちが楽になったとグレンには未だに感謝しているようだ。

そしてヴィンスは二年ほど師匠であるザックと共に、世界をまわった。

そのついでに・・・と本人は言っているが、祖国へと立ち寄り生家の様子も見てきたらしい。

人づてに侯爵家の内情を聞いたヴィンスだったが、これと言って何も感じなかったし当然だとも思った。

義母が生んだ子供はやはりと言うか、侯爵の子供ではなかったのだそうだ。

怒り狂った侯爵に、生まれたばかりの子と共に家を追い出され、今は何処にいるのかわからないとの事。

家の跡取りだったヴィンセントを失い、未だ捜索は細々と行われているようだったが、後継者として侯爵の弟の子を養子に迎えて教育をしてるそうだ。

その事に、どこかホッとする気持ちと、小骨の様に刺さっていた貴族としての責任を放棄したという罪悪感から、やっと解放されたようなそんな気がしたという。


サウス国に戻ってからは、風の噂で全てが順調に運んでいる事を耳にし、森の家で生活を始めた。

パトリシアがいつでも戻ってこられるようにと。


パトリシアもまた、これまでの事を語った。

家族の協力のおかげで性交はたった二回で済んだ事。

何故か子供たちはラウルに似ず、ライト家の面々に似てとても賢く可愛らしい事。

新たに共同統治者として契約をし、夫婦関係は終わった事。


そして、とてもとても会いたかった事・・・・


実はヴィンスも、パトリシア恋しさに王宮の内情を少し調べていた。

彼女がこの腕の中に帰ってくるのが、遠い未来なのか近い未来なのかだけでも知りたくて。

この国に早々に戻ってきたのは失敗だったか・・・と思う時もあった。

ヴィンスも納得しているつもりだったが、やはり子供ができるまで何度身体を重ねたのだろうか・・・とか、自分から気持ちが離れているのでは・・・とか、心の中がどろどろしていくから。

なのに、彼女の噂を聞くたびに会いたくて仕方がなくなる。信じようと、待っていようと、最終的にはそこへ行きつくのだ。

王宮での政務も優秀な官僚達の支えもあって、とりわけ大きな問題もなく存分にその能力を発揮しているらしい事に何度胸を撫で下ろした事か。

国内貴族も、ほぼ使い物にならない国王を担ぎ上げ裏から権力を握ろうなどと考えるバカな者もおらず、女王に権力が集中しても異を唱える者は誰もいない。

何故なら、他国も羨むような安定した統治で力を示しているから。不満などあるはずもない。

もしも、彼女の足を引っ張る者がいれば、秘かに始末でもしてしまおうかと物騒な事を考えたくらい、恋しかった。


だから数年ぶりにやっと再会しても、あの最後の日と同様に二人は、会えなかった時間を埋めるかのように語り合ったのだった。



パトリシアは、夜はほぼ毎日の様に森の家へと帰っていた。

王子たちもヴィンセントを疎むどころか、本当の父親でもあるかのように懐き、剣や魔法を習っている。

その意識はルーナ達による刷り込みなのかもしれない。

だが、それだけではない様な気もする。

子供達はとても敏感だ。だからなのか本当の父親でもあるラウルには必要最低限の接触しかしていない。

毎回違う、下品で臭い香水を漂わせる父親に、幼いながらも事情を察しているようで、赤の他人の一歩手前の様な交流しかない。

ルーナ達はラウルの事に関して王子達には、悪口も何も言っていない。

どちらかと言えば数少ない良い所を探し、褒めているくらいだ。

だが、彼らは本当に優秀で、噂や悪口を信じず自分が見た事感じた事で判断する術を身につけていた。

幼いながらも、本当に本当に優秀な子供達である。パトリシアにとっても、何にも代えがたい愛する宝物だ。


今現在パトリシアのお腹の中にいる子供に対しても、とても好意的で三人の王子は「妹が良い!」と大騒ぎしている。




反対に、名ばかりの国王となり果てたラウル。

結局、ミアの産んだ子供は彼の子ではなかった。

認定魔道具を使うまでもなく、ミアにもラウルにも似ていなかったのだから。

くすんだ金髪に緑目のラウル。ピンクブロンドに水色の目のミア。

ラウルの子を妊娠したと言っていたが生まれてきたのは、目が覚める様な赤い髪に青い目を持った男児だった。

ミアは自分の家系に同じ色がいると言って騒いだが、認定魔道具で「否」と出たのだから調べるまでもない。

確かに彼女と付き合っていた男の中に、そんな色合いの男もいたな・・・と、パトリシアは元々ラウルの子ではないだろうと確信していたので、驚きもしなかったが。

虚言に腹を立てたラウルは、妊娠中に面倒を見てかかった費用をミアに請求。私的財産からの出費なのだから、回収するのは当然だと鼻息荒く騒いでいたことは記憶に新しい。

尚且つ、王族に対する虚言と詐欺行為で捕縛され一時期は牢屋に入れられていたが、今はラウルへ支払わなくてはいけない使い込んだ金と賠償金を稼ぐために娼館で働いている。

何年働けばその金を返せるかは、わからない。

子供はというと、当然誰も面倒を見るはずもなく孤児院へ。

父親であろう男には家庭があり、引き取り拒絶をしていた。どこまでも自分の子ではないと、必死に否定しながら。

認定魔道具を使えばすぐにわかるというのに。

生まれてすぐに捨てられるのは可哀相だが、あの毒親に育てられ性格が歪むよりは・・・と、信頼のおける孤児院を手配したのはパトリシアの親としての良心と、罪のない子を利用した罪悪感からだったのかもしれない。


ミアに騙されたのだと、今一度関係の改善を要求してきたラウルだったが、パトリシアに鼻で笑われ終わった。

「君は・・・俺を愛していたのではないのか?」

信じられないという顔で聞いてくるラウルに、パトリシアは「私はあなたを愛したことなど一度もありません」と涼しい顔で告げた。

そして、

「いやでも結婚しなくてはいけないのだから、好きな事をすればいいと言ったのはあなたです。だから私は自分の好きなようにしました。そして、その延長線上に望む未来を見たのです。それが、今の私」

「・・・・パトリシアには・・・俺が必要ないと?」

「異なことをおっしゃいますわね。あなたは私を始めから必要としていなかったではありませんか」

結婚しても女好きは治らなかった。いや、今更治っても困るのだが。


「どうぞこれからも変わらずに、今を好きなように生きてください。政務に支障をきたさなければ、誰も何も言わないでしょう。

何故ならこれは、あなたが望んで手にした未来なのですから」





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