第3話 必殺の杭打機(パイルドライバー)

 第三次魔法対戦。俺たちが生まれる前に大きな戦争がこの国であったそうだ。その時に魔法で使役された生物兵器が、戦争が終わった後も不発弾のごとく把握しきれないほどありとあらゆる場所に埋まっているらしく、何かのきっかけでそれを見つけたら、適切な処理魔法を施して殺処分しなければならない。だが、もし魔獣が埋まっているならばトンネルを掘る前に測量班が行ったボーリング調査ですぐに発覚し、作業開始前のオリエンテーションで何らかの通知があるはずだ。それが無かったという事は、調査の時にはすでにいたが測量班は見つけられなかったか、または調査の後にここへやってきたか・・・


「魔獣だ!!総員退避、退避!!」


 いずれにせよ俺たち人機はあくまでも作業用なので魔獣と戦っても到底勝ち目はない。一号機(第一班班長)の号令に従って一目散に仮設の詰所まで逃げようとした。あそこはこんなこともあろうかと保護結界魔法が張られているために魔獣は入ってくることは出来ないからだ。だが、ガシャガシャと関節を動かして逃げる俺たちの人機は

 逃げた先で突然見えない壁に阻まれて全く移動が出来なくなった。ギルロム公や他の人機たちはどうにか逃げおおせたらしいが、俺の五号機と六号機、三号機が決壊内に取り残されてしまった。


 それもそのはず、これも一つの保護結界魔法。俺たちの詰所に掛けられているのが「入れない」ようにするための魔法ならば、この魔法は「出さない」ようにするための閉鎖結界魔法だ。もしやと思い、魔獣の方に人機の視線を向けて、疑似網膜で簡易走査してみると・・・やはり、額に閉鎖結界魔法の印が刻まれている。奴は自分が生きている限りここからは逃げられないとわかっているかのように、逃げる俺たちを追い回そうとはしなかった。


 そして、俺たち全員に魔法の効果が表れているという事を知って、魔獣はまるで勝利を確信したかのように、ぐわあと大きく口を開けて咆哮を上げた。瞬間、奴の口の中からごうごうと火炎が噴出して俺たちに襲い掛かった。炎を浴びてすぐに人機全体の熱が上昇する。ずっと浴び続けていても人機だけなら平気だが中にいる人間はそうはいかない。人機にとって俺たち操縦者は頭脳でもあり弱点でもあるのだ。


「くっそう、炎属性か、粉じん対策用の水まき機があればどうにかなりそうなのに・・・!」

「それくらいの水で消せるような炎とは到底思えないけどな、うおっ!!」


 結界の中で逃げ回る俺たちに魔獣は容赦なく襲い掛かる。どうせ逃げられないのを向こうは分かっているのでただ無駄に動き回らずに炎で追い詰めるだけでいい。あとは俺たちがちょこまかと逃げ回った末に魔力バッテリーを使い切らして倒れるのを待っているのだ。動きが途絶えた瞬間に人機はそのまま棺桶と化す。それを防ぐためには、なんとしても奴を倒さねばならない。しかし、俺たちは剣やら銃やら、武器らしい武器はまるで持っていないので結局逃げ回るしか打つ手がなかった。


「わあっ」


 炎をとっさに避けた俺は足元の物体に躓いて転んでしまった。このくそ忙しい時に何に躓いたんだと足を引っかけたものをにらみつけると、そこには人機サイズの手持ち式杭打機パイルドライバーが転がっている。空気とばねの力で回転を付けて杭を打つのだが、杭自体が魔法をかけられて頑丈と言うのもあるがとにかくひと打ちの衝撃がものすごく強く、どんなに頑丈な岩盤でもたやすく食い込むのでとても重宝しているものだ。


「・・・まてよ・・・?」


 俺はアームで杭打機を大事に抱え込むと、バイザーで結界内の誘導杭の位置を探知する。魔獣のすぐ隣。もしあれを引き抜いてこれにセットし直し、額の印に打ち込んでやれば結界は崩壊するのではないか・・・?その考えが頭をよぎったとき、俺はとっさに近くにいた六号機と三号機に連絡を取った。


「六号機、三号機、頼む、少しの間だけでいい、そっちで魔獣を引き付けてくれ。」

『!?・・・五号機、どうする気だ。』

「考えがある、とにかく奴を杭から離してくれるだけでいいんだ。」

『・・・分かった。三号機!』


 六号機は三号機と共に、そこら辺にあった岩を投げつけて魔獣の気をそらさせた。


 グオオオオン!!


 上手くいった。怒り狂った魔獣が杭から十分に離れた所を見計らって、俺は誘導杭を引き抜き杭打機にガチャガチャとセットし直した。そして、杭打機のグリップを握り、その動作回路と人機の制御システムをアーム経由で同期すると同時に、バイザーに照準を定める為のレチクル線が描画された。本来は地面に打ち込む正確な座標を図るための補助機能を狙撃の為の照準器として使用する格好だ。ただし、本来地面方向に打ち込むべき杭を水平に発射するために、杭自体の重さも考慮して、縦と横のレチクル線の交点よりも少々下の目盛りを魔獣の額に定めて、杭打機を握る右腕を構えた。


「おらあっ、魔獣め、こっちむけえっ!!」


 俺は遊ばせている左手に握りしめた小さい岩を思いっきり魔獣の背中にぶっつけた。案の定魔獣はこちらに振り向いて、怒り狂った表情でぐわあと大口を開けてどっかどっかと駆け寄ってくる。俺はすぐさまハンドガンの持ち方のように左手を添えて照準を定めた。そして、疑似網膜に[照準目標固定ロック・オン]の表示が出た瞬間に、俺は杭打機のトリガーを引いた・・・


 カチ

 バシュウウウウウ


「いっけええええ!!」


 回転を付けて勢いよく放たれた誘導杭は空気を切り裂いて魔獣の頭を印ごとドン!と貫いた。魔獣は一瞬何が起こったのか分からずしばらく口をパクパクさせていたが、やがて自分に額に魔力を帯びた杭が深く突き刺さっていることを自覚すると同時に、うおおおんと言う断末魔と共に膝をついて倒れてしまった。そして、絶えず魔獣の体内にたまっていたのだろう炎のエネルギーが、魔獣の死によって制御を失って暴走し、火袋があるらしき喉元からじわじわとその巨体を燃やし尽くしてゆく。


「はあ・・・はあ・・・はあ・・・やった・・・ざまあみろ・・・魔獣めえ・・・」


 ごうごうと燃え盛る魔獣の死体を前にして、緊張の解けた俺はへなへなと座り込んだ。杭と魔獣の魔力が混ざって青と紫の中間の色で燃えている炎は、今まで見た炎のどれよりも美しかったような気がするなあ、と独り言ちた瞬間に、俺は魔力がたった今切れた人機と共にそのまま気絶してしまった。そこから先の事はよく覚えていないのだが、とにかく俺は駆け付けた六号機と三号機によって強制射出機構を作動させられて中の操縦者、即ち俺の肉体が運び出されてすぐにプレハブ・ドックへと担がれていったらしい。


 ただ、気絶している間に、ギルロム公と虫使いの会話を耳にした。勿論確証はないのだが、こんなことを言っていた気がする。


「・・・旦那様、運命というものはかくも皮肉めいて現れるものなのですねえ」

「・・・」

「私は魔法使いの中でも端くれではございますが、何も知らないわけでは無いんですよ。旦那様。・・・いえ、ギルロム・レイス元将軍。」

「俺はもう将軍ではない。レイス家の人間でもない・・・ただの土方どかたの親分、ギルロムだ。」

「フフ・・・まあそういう事にしておきましょう。おおっと、何も金は積まなくても、私はこのことは誰にも告げませんのでご心配なく。我々は信用も商売道具ですからね。この子にも念入りに記憶処理を致しますゆえ・・・」

「・・・そうか、助かる。」


 俺が医務室のベッドの上で起きた時までに覚えていたのは、それくらいであった。



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隷装人機マシン・スレーブ ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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