第2話 トンネルの中の怪物

 人機はロボットと言うよりは、人間そのものを頭脳としたゴーレムという表現の方がより正確だ。大昔はあの虫使いのような、ゴーレム使役専門の魔法使いが魔力を込めて土塊をこね、人型を作り上げてあれこれ使役していたそうだが、魔法で命令するよりも、ゴーレムの中に機械を組み込んで中から直接操縦すれば、機械の知識だけでゴーレムを動かせると知ったとき、魔法の怪物は機械の人形、ロボットへと名を変えた。


 だが、棒やてこでガチャガチャとやるよりも、人間の神経と頭脳を直接ロボットにつなげて、自分の腕と足を直接動かすようにロボットを動せるようになるという方式が開発されてからは、ロボットはより自然に動かせるようになった。それがSRAVEシステムのひな形だ。当初は人間の神経とロボットの動作回路を有線で接続していたのだが、魔法使いの電報技術とも言われている紋章間移動魔法マジック・ネットワークを少し応用した、魔力を帯びた刺青による無線接続の技術が確立されてからは、ロボットに乗るためには刺青を彫るだけで十分になった。そして、機械の人形は、ここに初めて、人間型の機械、即ち人機と言う名前に置き換わって今日に至るのだ。


 だが、いくら土塊の化け物から進化したところで、使役されるという本質は変わらない。ロボットという言葉の本来の意味は隷属スレーブだ。そしてそれこそが、ロボットの最大のアイデンティティでもある。


「そういう意味では、ぴったりだよな、俺たちに」


 六号機の操縦者は手押しシールドマシンを組み上げながら俺にながながと愚痴をこぼした。ツチクイムシが働かないのでギルロム公はとうとうシールドマシンにて第七工区のトンネルをくりぬくことを決断したのだ。しかしこのマシンは虫とは違って自分では進まない。後ろから人機に押してもらうことを前提としている低コスト型のシールドマシンだ。モーターを積んで自分で進むマシンもあることにはあるらしいのだが、それを使うくらいならツチクイムシの方がずっと安上がりだ。


「平民に隷属する俺たち奴隷に、さらに隷属するこの人機・・・でもこいつらは頭がない分よっぽどマシさ、俺たちはなまじ頭があるばっかりに、己の運命にため息をつき続けながら一生を終えなきゃならんからな」

『ため息が嫌なら青息吐息にしてやろうか、ああ?』

「あっ!!・・・いや、なんでも、何でもありません・・・」


 突然疑似網膜通信に乱入してきたギルロム公の怒鳴り声に六号機はしりすぼみして、通信を終了した。これはまたあとで折檻されるだろうなあと俺はせせら笑いながら、シールドマシンの誘導杭を杭打機にて打ち付ける。この魔力を帯びた誘導杭をもう一つ山の向こう側にも設置して、杭同士の間に流れる誘導魔法線をセンサーでたどってこのシールドマシンを掘り進める。杭さえ動かさなければ基本的に押すだけでまっすぐ進めるので楽なものだ。そして、向こう側で杭を打ち終わった3号機がどかどかとやってきた。先ほど無慈悲にもギルロム公の拳を食らった人機だ。


「誘導杭、設置完了しました。魔力値も以上ありません。」

『よおし、マシンのくみ上げが終わり次第、五号機と六号機は掘削に入れえ!!今日中に終わらせるんだぞお!!』


 俺たちは早速シールドマシンを組み上げると、すでに完成しているトンネルの入り口から慎重に押していく。そして、ツチクイムシが掘り進めた地点にマシンの先端部分であるカッターヘッドが押し付けられたことを確認すると、マシンの起動スイッチを入れて掘削を開始した。


 マシンを押す人機は一人で足りるが、掘削した後のを運び出したり、ずりを積んでトンネルの外に出すトロッコのレールの敷設のために最低もう一人、掘削作業についていなければならない。ずりを積んだトロッコは人機で軽く押してやるだけで勝手にトンネルの外まで転がってくれるが、空になったトロッコをトンネルの中へ戻すときは、あらかじめ車体に結わえたロープを人機の右腕にアダプトした巻き上げ機で一本釣りよろしくトンネル内に引き戻す。

 ツチクイムシはそのずりを体内で消化し、トンネルの補強剤として周りを塗り固めながら食い進める――シールド工法はフナクイ・ツチクイムシの専売特許――のでその点ではとても効率がいいのだが、その虫が嫌だと言っているのだから仕方なくこうして非効率なやり方で進めるしかないのだ。


「でもさ、土どころか石も岩もなんでも食っちまう虫が『こわい』って言うなんて、一体この山に何があるってんだ?」

「爆弾でも埋まってんじゃないか?」

「爆弾ならなおさらおかしいだろう、おととい発破用のダイナマイトをつまみ食いしてギルロムさんにこっぴどく怒られてたばかりじゃないか。」

「それもそうか・・・」


 爆薬さえ呑み込んでしまう虫が怖がるものとは。一瞬興味がわいたが、しばらく作業しているうちにそんなことなどすっかり忘れてしまった。だが・・・


「・・・ん?あれ・・・?」

「どうした?」

「なんか、マシンの進みがおかしいんだよな、押しても押しても進まなくなった。」

「そんなわけあるか、貸してみろ。」


 マシンのセンサーはしっかり誘導魔法線を捕まえている。進路のずれという訳でもないようだ。岩にでもぶつかったのだろうかとも思ったが、ここら辺の地質はマシンの刃が折れるほど頑固という訳でもなければ、マシンが難儀するほど柔らかいわけでもないいたって普通の地質だ。しかし、押しても押しても全く進まない。これはどうしたわけであろう?

 原因をあれこれ考えているうちに、とりあえず電源を切って一旦s外へ引き戻してからシールドマシンを点検しようと、二人でマシンの持ち手をもって引っ張った。


「「せーの!!」」


 ずるう、ずるう、と音を立ててシールドマシンが土の中から勢いよく引き抜かれる。


「おい、あまり勢いよく引っ張るなよ、人機の関節はあまり無理がきかないんだ」

「え?お前が力んで引っ張ったんじゃないのか?」


 俺と六号機は、互いに顔を見合わせた。何かがおかしい。俺と六号機はとっさに、持ち手から手を放してみる。すると、手押し式のはずのマシンが、ずるう、ずるうと音を立ててこちら側に動いてくる。


「おい・・・これ、モーターは入ってないんじゃなかったのか・・・?」

「ああ、そのはずだが・・・」

「じゃあなんで勝手に動いてんだよ!?」

「わ、わからねえ・・・」


 人機で押すとは言えそれなりの重さがあるマシンが、どういう訳かトンネルの中をずるうずるうと押し戻されていく。それにつられて後ずさりながら、いよいよこれはおかしいぞと感じ始めた、その時だった。


 グオオオオオン・・・


「おい、今の何の音だ?」

「わ、わからねえ・・・マシンの電源は切ったはずだぞ?」


 グオオオオオン!!


「違う・・・マシンの音じゃない・・・!!これは何かの”声”だ!!マシンの向こうに何かいるぞ!!」


 マシンの向こうのなにかは、自分たちがその存在に気づいたのを感知したのか、マシンを押す力を上げて俺たちに迫ってくる。たまらず、俺たちは一目散にトンネルを抜け出した。

 外で見守っていた他の仲間は、突然逃げるようにしてトンネルから出てきた二人の人機に何事かと尋ねたが、それを答える前に暗闇の中からシールドマシンが押し出されてきた。そして、マシンの全体が完全にトンネルを出た瞬間に、マシンを押している何かが雄たけびをあげたのと、その何かの正体を確認したギルロム公が驚愕の表情で悲鳴を上げたのは同時だった。


 グオオオオオン!!


「ま・・・まさか・・・そんな・・・なぜ・・・ここに・・・魔獣がいるんだあ!!」


トンネルの中から出てきたのは、爬虫類をそのまま二足歩行させたかのような怪物だった。人機たちは、怪物の出現にも驚愕したが、何よりも、あのギルロム公が顔面蒼白になっているのが衝撃であった。




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