隷装人機マシン・スレーブ
ペアーズナックル(縫人)
第1話 力はあれど権利無し(改)
ガン、ガン、ガン、とけたたましい鐘の音で素早く飛び起きる。俺たち一級技術奴隷の朝は早い。時限建築魔法でくみ上げられた隙間風だらけのプレハブ・ドックから俺たちはユニフォームを着こんでやはり仮組みの食堂へと急いだ。
「おらおらあ、のんびり飯を食うなあ、日が昇る前に
第三級技術奴隷――技術とは言うがもっぱら庶務が仕事――の男たちが一斉に栄養食材クルノンを皿に盛る。長い奴隷生活の中でもこれほどのものがあるのかと驚くくらいには絶望的な味ではあるが、何分腹持ちがいいという利点には代えがたい。コップの中になみなみと溜めた水と一緒にそれを掻っ込むと、俺たちは一目散に人機が置いてあるハンガーへと急ぐ。ハンガーには俺たちの存在意義たる
「五号機、なあにしてる!はやく乗りこめえ、もう日が昇るぞお!」
さっきから俺たちに向かって檄とつばを飛ばしているのはこの現場の監督兼、俺たち技術奴隷の管理者であるギルロム公である。数ある奴隷管理者の例にもれず彼もまた粗暴で頭にすぐ血が上りる暴漢であるが、彼は奴隷たちに厳しく接すれど拳やら蜜やらを振るっている所は見た事が無かった。というより、彼にはそんなものは必要ないのだ。
タラップを駆けあがって、胴体を開けた人機に乗り込む。大昔はコックピットとか言って座りながらてこやら棒やらでがちゃがちゃと動かしていたらしいが、今はそれよりもっと進化した「SRAVEシステム」というものを使う。正直言って詳しい仕組みはよくわからないのだが、とにかく両手を水平に広げて丁度人の形にくぼんでいる穴に自分の体をはめ込み、そのまま胴体の前半分でサンドイッチする、そして、予め背中に魔力を込めて彫られた刺青が人機の動作回路とリンクして、人機がまるで自分の体のように動かすことが出来る、と最初に人機をもらった時に叩き込まれた。
「いて、いてててて・・・」
胴体がバタンと閉まって、背中の刺青を人機が認証して、SRAVEシステムが作動する。この時に走る背中のチクチクとした痛みはいつまでたっても慣れないものだ。ややあって、ジジジ、と言うノイズ音と共に少々の緑色を帯びた視界が広がる。人機、視覚良好。この瞬間から人機は完全に自分の体の一部となった。そして、ゆっくりとその巨体を動かしていく。動作良好。関節に差してあるグリースは安物だが、整備班の第二級技術奴隷たちが夜通し整備してくれたおかげで滑り出しは滑らかだ。システム・オールグリーン。全ての簡単な動作テストを終わらせた俺はそのまま現場へと人機を歩かせる。
「よおし、五号機は起こせたな、作業内容は疑似網膜に送ってあるから現場に向かいがてら読み通せ、遅れるんじゃねえぞ!」
今俺たちが作業している現場は険しい山岳地帯の鉄道建設現場で、仮組の詰所があるスペースを除けば全く平地らしい平地がない。人間の足で行くならだいぶ遠回りになるが、人機は足の関節の許容値が許す限りまっすぐ行くことが出来るので便利だ。といっても、測量班の人機が測量の際にある程度均した道を通っているのでそこまで激しい運動はしない。せいぜいウォーミングアップ程度に腕と足の関節を均しておくのが始業前のルーチンだ。
そして、現場に着くなり疑似網膜通信でお互いに軽い点呼を取って、朝日の光が差し込むのを合図代わりに作業を開始する。人機は全部で30機いるのだが、俺の操る五号機は一から十号機までが所属する第一班の所属だ。第一班の仕事は、測量班から貰ったデーターを基に地面を均して鉄道の線路を引く土台をつくること。また、必要な場合は橋梁やトンネルも俺たち第一班が建設することになっている。しかし今現在、少々問題が発生していた。
「今日こそ第七区画を開通させないと・・・」
俺たちが建設する路線は、この赤茶けた山岳区間を橋梁とトンネルを駆使して通過することになっているが、そのうち、王都方面のトンネル、即ち第七区画の現場の作業が滞っているのだ。トンネルに穴を掘るためには、人機だけではなく巨大なモグラムシ――フナクイムシを山岳トンネル建設用に改造した生物――の力も借りて行うのだが、いくら虫使いが使役魔法を詠唱しても第七区画の山を貫こうとはしないのだ。他の区画は順調に進んでいるのに、このトンネルだけが進まないので線路を引く第二班や、電話線などの設備を敷く第三班の作業が遅れてしまう。
「こおの、役立たず!お前のためにいくら使ったと思ってるんだあ!」
「旦那様、私もどうにかこのツチクイちゃんに一生懸命お願いしているのですが、いやいやと首を振るばかりで、にっちもさっちもいかないのでありますです・・・」
田んぼに突っ立ってるかかしがそのまま動いたり喋ったりしているようにみえる風貌の虫使いは、ツチクイムシの頭にあたる貝殻をさぞいとおしそうに撫でた。実際、このコンビは王都とは反対方向にあるトンネルではかなりいい仕事をした所を俺たちもギルロム公も目の当たりにしているのだが、どうもこの区画では一向に進もうとしない。虫使いはその理由を相棒に虫語で聞いてみるものの、答えはいつもお決まりの文句が帰ってくるだけだった。
「『このやま こわい。』と申しておりますです。旦那様。」
「虫のくせに山を怖がってどうする!!たかが山じゃねえか!!」
ギルロム公は虫を殴りつけようと思わず拳を上げるが、この虫は下手をすれば俺たち奴隷よりも権利と法律に守られているため、うかつに手を出せば益虫保護法違反として警察のお縄になって、裁判所で10年の懲役もしくは5000万レブ(この国の通貨単位)の罰金を払う羽目になる。そのため上げた拳を虫には降ろさずに近くの作業中の人機にごん、とぶっつけてどうにか抑えたが、殴られた方の人機はたまらない。
「わあっ」
人機はバランスを崩して倒れ、持っていた杭打機をがあんがあんと落っことしてしまった。そして再び、ギルロム公の雷が理不尽に落とされる。
「なにやってんだあ!命落としても機械おとすなと言ったろがあ!その機械はお前の命よりも高いんだぞお!」
「す、すいません、すいません!」
奴隷なのでどんな理不尽な仕打ちを受けても反論の権利は与えられない。俺たちは人機と言う力はあれど反論する権利はないのだ。哀れな通りすがりの人機はギルロム公の雷を聞き流しながら、再び杭打機をもって現場へと歩き出した。俺は人機の重量を利用して路盤の締固め作業をしながら、疑似網膜通信越しにその人機操縦者をいたわってやった。
「たくよお、人よりも虫が大事にされるなんて、世の中おかしいよ」
「なあに言ってる、俺たちは飯や寝るところが担保されてるだけまだいい方なんだぜ?他の所なんざろくな食事も休息も与えられずに、文字通り死ぬまでこき使われるのがざらさ、それで死んだあとそのまま現場に埋められて処分された奴隷たちの浮かばれない魂が、夜な夜なうめき声を上げて・・・」
「おいおい真昼間から怪談話したって全然こわくねえよ、せめて日が落ちて詰め所に帰ってからにしてくれや」
「だあめだよお、詰所に帰ったらみんな疲れてて、何話しても子守歌にしか聞こえなくてみんな寝ちまうから」
「あー・・・それもそうか」
結局のところ、第七工区は全く進展もせずに太陽は真上に上ってしまった。
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