最終話 真犯人
「もちろん、ガラハッドを殺したのはガラハッドです。いいえ、彼ではありません。彼は三人目のガラハッドです」
僕はそう言って説明を締め括った。
想像してみて欲しい。
僕がこの世界を支配する神の代理人に選ばれたのはたった小一時間ほど前だ。慌ただしく記憶と権限を移され、茶会があるからとゲートに追い立てられたのだ。だって彼には用があったし、エイリアスと同様に地球領主は一個体しか庭園に入れない。
ところが僕の目の前にあったのはおかしな格好をした死体だったのだ。
けっこう上手くやった方だと思わないか?
「何を言ってるのかさっぱりわからん」
イーフリートが呻くように言った。
僕は格好をつけて閉じかけた口を半開きにしたまま皆を見渡した。そのままアリスと目が合うと、彼女は口を尖らせて僕に先を促した。
「ええと、アーサクイン教授には不服でしょうが、別の宇宙のミドルアースは一定時間でエイリアスが断線します。断線したエイリアスが生き残れば――」
「博士だ」
サバトラの猫は敬称を訂正してから僕に応えた。まるで縄張りに踏み込んだ仇敵を見るような目をしていた。
「独立する。元には戻らん」
「あなたなら頭の中身が詰まったエイリアスをどうしますか?」
「処分する。当然だ」
「ね? 誰だって殺されたくはない、反撃だってするでしょう」
僕がそう言って皆に肩を竦めると、ララ・ムーンは蒼白のガラハッドに詰め寄った。
「ガラハッド、あなた――」
「いいえ、彼もきっと見ていないでしょう。殺されたのは追い掛けて行った二人目の彼だ」
僕は慌ててガラハッドを弁護した。
「彼の嘘は僕のミドルアースをアウターに売り飛ばそうとしたことだけです」
弁護するつもりが辛らつな言葉になってしまった。ガラハッドはいっそう血の気を失って項垂れた。他意はないよ、ガラハッド。でもほんの少しだけ悪意はあった。
困った僕は何とか気を取り直すと、ガラハッドにも状況を説明した。実際、彼は何も知らないかも知れないし、知っていても言い辛いだろう。
「君は茶会の手土産にミドルアースの住人を連れて来ようとしたんだ。僕はそれに反対したし、何よりミドルアースは断線していたんだ」
それが僕たちの口論だった。
「ゲートに入った君は当然エイリアスを見失い、慌てて君は自分を探しに二人目の君を寄越した。でも、そのときミドルアースにいた君は自分の運命に気付いてしまったんだ。『何てことだ、このままじゃ私は処分される』」
そうして最初の君はゲートの前で追い掛けて来た君を待ち構え――殺してしまった。それが故意か過失かは僕にも分からない。ただ、ミドルアースの住人を連れて行こうと言い出した君が銃を持っていたのは気に入らない。
とても気に入らない。
「断絶したミドルアースに自分を追い掛けて行って、逆に殺されてしまったんだよ。意識の途切れたその先なんてわからなかっただろう? その死体はフ――僕が庭園に運んでしまっていたし、三人目の君が急いで駆け付けようとしても庭園には死んだ君が――アムネジアには死んだと断言できない君がいて、中に入れなかったんだ」
本当はガラハッドも気付いていただろう。推測だってできたはずだ。ミドルアースに対する裏切りは許せないが、これからの彼を思うと少し不憫でもある。
沈黙の中、不意に僕の呼び出し音が鳴った。ああ、この音は間違いなく彼の趣味だ。僕は円卓の画像を切り替えて、皆の前にその映像を映した。
そこは雑多な草花の生えた踏み均された土の小路だった。僕には見慣れた光景だ。視点が上がって海岸線と山並み、そしてどこか童顔に見える無精髭の貌が映り込んだ。
「繋がってるかな、断線したかな、それとも庭園が枯れたかな」
陽気で気怠い声がぼやいている。
「聞こえていますよ、フースーク。僕に面倒ごとを押しつけましたね?」
はたと画像越しに僕と目を合わせ、向こうのフースークは図々しい笑顔を見せた。円卓の周囲の全員は何も言わなかった。いや、何も言えなかったのかも知れない。
「なんだ、庭園を壊さなかったのか。せっかく権限を譲ってやったのに」
僕は小さく肩を竦めて見せた。少しその気になりかけたのは黙っていよう。
「代理人って、あなたエイリアスじゃなくて、別人なの?」
失神寸前のララ・ムーンの呟きが聞こえた。唯一無二の地球領主の地位を代理人とはいえ誰が他人に渡すだろう。残念、それがいるのだ。
フースークに道化の役割を与えたのは彼らだ。自滅も自業自得だろう。そもそも彼がちっぽけな地球領主の地位に執着するはずもない。
いや、所有する世界の大きさなんて実はそれほど関係ないのだろう。彼に比べれば僕のはたった星ひとつに過ぎないが、それだってきっと同じことだ。
「やあ、お歴々。そしてガラハッド」
画像のフースークが円卓を見渡した。皆の呆けた表情の中、ガラハッドは泣き笑いのような顔をしていた。
「投げて転がしたのは悪かった。死んだ君って、けっこう重かったから」
頭を掻きながら言う。
「でもここをアウターに渡そうとしたのは戴けない。今さらきみを責めはしないけど、相応の対価は払って貰う」
「訊きたいことは沢山あるぞ、フースーク。それともこちらに訊こうか?」
不貞腐れたようなアリスの目はゾッとしない。
「僕の代理はここで終わりに。結局、茶会には間に合わなかったですし」
僕はシーダの方を向いて謝罪した。拗ねたようなその顔でシーダは何か言い掛けて、つんと頬を逸らしてアリスにこっそり目配せをした。
「いやいや、引き続き任せるよ。僕はここで用があるんだ」
素朴で野晒しの世界に佇むフースークは、そう言ってガラハッドの方を見た。
「君を捜すよ、ガラハッド。君は沢山いるけれど、こっちの君は独りぼっちだ」
画像が滲んで補完範囲が拡がった。通信時間がもう限界だ。
「じゃあ、今から君を捕まえに――」
言葉は半ば補われたもので、続く科白はもう聞き取れなかった。画面は余韻もなく消えて、円卓には気の抜けたような空気だけが残った。
「フースーク、まだそう呼んで良いか?」
皆の沈黙を破ってアリスが僕に声を掛けた。僕は微笑んで小さく首を傾けた。
「仕方がないですね。ここを出るまでは構いません」
「シーダにあげた本を私にも。それと、いろいろ教えてちょうだい」
拗ねたような、からかうような、見た目の年齢に相応な顔をして彼女は言った。
「本は献上しましょう。少しは印税に貢献して欲しいとあっちのフースークは言うかも知れませんが。でも残念、僕の専門はミドルアースなんです」
僕が恐縮してそういうと、アリスはまだ頬にほんの少し不機嫌さを残して微笑んだ。
「なら、その話を一緒に聞かせろ。――そうだな、皆でお茶会の続きをしよう」
道化の庭園 marvin @marvin
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