第7話 犯人

 皆はそれを遊園地と呼ぶが、僕はミドルアースと呼んでいる。もちろんそれも借り物の名だ。地球領主の皆にもそれぞれ独占する世界はあるが、地球と酷似した惑星はとても貴重だ。何の経済活動にも寄与しない使い方は嫌われる。

 僕のミドルアースがそれだった。

 何より皆が眉を顰めたのは、そこに住まう入植者が文明から遠く隔絶され、獣のように扱われているだけでなく、お伽話の妖精のような奇妙な姿を強いられていることにあった。遊園地とは言い得て妙だ。僕だってそう思う。

 ただ、あえて言わせてもらうなら――。

「準備はよろしいですか?」

 トリニティはそう言って円卓の上を僕に解放した。ひっくり返った自分の死体が掻き消えてガラハッドは少し安堵したようだった。代わりに冷や汗をかく僕の気持ちも察して欲しいものだ。

 ゲートの向こうの僕のサロンから該当時間の記録を引き寄せると、皆はめいめい嘆息を漏らした。こういった場所の片付けに手が回らないのは誰だって同じだ、そうだろう? 乱雑なのは仕方がない。

 映っているのは、天井が高く、薄暗く、荒い鋲の浮いた柱と細い斜交いが延々と続く古い倉庫だ。黒いゲートの板が見渡す限り延々と無造作に並んでいた。

「殺風景な所ねえ」

 ララ・ムーンが整った小鼻に愛らしい皺を寄せる。

「趣がある」

 イーフリートとデアボリカが同じ感想を口にして、二人して憮然と目を逸らした。

「そこにあるのは、ぜんぶゲートなのか?」

 バベルの呆然とした声は皆の息を呑む気配に掻き消された。

 ゲートのひとつから飛び出して来たのは確かにガラハッドだ。辺りを見渡し、別のゲートに向かって走って行く。

 ところがゲートに半分入ったところで彼は竦んだように立ち止まり――突き出た踵が震えたかと思うと――ばったりと仰向けに倒れた。

 ゲートに足を突っ込んだままひっくり返ったガラハッドはぴくりとも動かない。

「死んだのかしら」

「殺されたようだ」

「いったい誰に」

「ここはフースークのサロンだぞ」

「でも、彼ならほら、そこに」

 最初にガラハッドが出て来たゲートから人影が現れた。細身で長身だが背中が丸くて姿勢が悪い。髪は黒く真っ直ぐでざんばら、無精髭もほったらかしだ。

「フースーク」

 ここにいる僕とは見掛けが違う。だが皆にはむしろ馴染み深い容姿のはずだ。

 フースークは困惑したような顔で頭を掻きながら歩いて行く。不意にガラハッドの死体を見つけて顎を落とした。

 慌てた様子で横たわるガラハッドを矯めつ眇めつしていたものの、やがてそのまま放り出して倉庫の隅まで走って行った。

 何やら把手のような器具を持ってガラハッドの所に戻って来る。

「荷曳き紐ですね」

 荷物を浮かせて運ぶ器具だ。

 倉庫のフースークは荷曳き紐の把手を持ったままガラハッドの死体を見下ろし、ふと思い出したように天井を見上げた。

 その目線は円卓を見渡した。まるで皆がこうして呆然と眺めるのがわかっていたかのようだ。からかうように片眼を閉じて、不意に描画が掻き消えた。

「残っているのはここまでですね」

 僕はそう言って途方に暮れた溜息を吐いた。

「いま見たことの説明を訊かせて」

 アリスの顔はますます不機嫌さを増していた。

「そうですね」

 僕は少し考えて言葉を探した。正直このあたりの記憶は曖昧だ。想像に頼るほかない。むしろ彼のウインクは僕に後始末を押し付ける合図だったに違いない。

「――死体遺棄、だと思います」

「死体遺棄?」

 幾つかのオウム返しを聞き流しながら、僕は説明しようと席を立った。

「急いでいたし、いろいろと面倒だったので、とりあえずガラハッドの死体を庭園に放り込んでおこうと――」

 荷曳き紐でガラハッドの死体を浮かせて引っ張り、ゲートの前で腕を振りぬいた。死体はゲートを抜けて勢いよく転がり、でんぐり返しの途中で天蓋を仰いで止まる。

「酷いな、フースーク」

 ガラハッドが複雑な表情で僕を責めた。

「いやいや、そもそも君がお茶会の手土産に余計なことを言い出したのが原因だ」

 僕は呆れて言い返した。

「あのゲートの向こうはミドルアースだぞ。僕はこの時間に入るなと何度も警告した」

「あなたの遊園地で何があったっていうの」

 ララ・ムーンが口を挟む。僕はいい加減ここにいる全員の認識を改めるべく、億劫さをどうにか捻じ伏せて説明しようと口を開いた。

「ミドルアースです。遊園地でもないし、僕が造ったものでもない。あれは本物の異世界です」

 円卓を見渡して心が挫けた。もちろん誰も信じていなかった。

「僕が造ったのはそこに繋がるゲートくらいだ。残念ながらアークサイン教授、ミドルアースでは俯瞰次元が一定時間で断線してしまいます」

「馬鹿なことを」

 案の定サバトラの猫は毛玉のように吐き捨てた。アーサクインが譲るはずもない。僕はどうしたものかと口籠り、幾つも説得を組み立てた挙句、諦めてそっと溜息を吐いた。

 僕はアリスに目を遣って、きっぱりと口にした。

「それでは、僕の話は以上です」

 侃々諤々と同じくらいの沈黙が円卓の上を荒れ狂った。僕は何食わぬ顔で席に座り直し、皆の視線を一切無視した。

「お黙りなさいアーサクイン。あなたの話を、フースーク」

 アリスは呻くようにそう言った。女王様がよく折れたものだ。好奇心が猫を殺すメタファーだろうか。僕は目を丸くしたアークサインに肩を竦めて見せた。

「アーサクイン教授の言う通り、この宇宙では断線など起こり得ないのですが――残念ながらあのミドルアースは別の宇宙の地球です」

 口々の質問を一切無視して僕はガラハッドを振り向いた。

「僕は何度も君に警告したぞ、ガラハッド。『決められた時間だけだガラハッド、それ以外は入ってはいけない』」

 ガラハッドの頬から血の気が引いた。彼が故意に嘘を吐いていたのか、それとも死の体感で本当に記憶が曖昧になっていたのかはわからない。それでも賢明な彼のことだから、きっと何が起きたのかは想像がついただろう。

「君、アウターとの取引きで地球の代わりにあれを差し出そうとしたな?」

 すると声がまた錯綜した。

「だから殺したのかフースーク?」

「遊園地の野蛮人に殺されたっていうの?」

 口々に責める声に僕は顔を顰めた。

 十三人目とはいえ僕にも地球領主で、しかも道化だからこそ与えられた権能もある。僕はこの庭園を跡形もなく消すことができた。

 いっそ、そうしてやろうかとも思う。ふと目に付いたガラクティアの無邪気な寝顔にその衝動を辛うじて踏み堪え、ぼくは小さく息を吐いた。

「まさか。これから一緒に茶会に行く相手を殺したりなんかしません」

 当たり前だ。エイリアスの彼を殺すことに意味なんかない。

「言ったでしょう、これでも急いでいたんです。ガラハッドをここに放り込み、急いで代理を仕立てて――」

「代理だと」

 イーフリートが眉を顰める。僕は呆れて言い返した。

「最初にそう言ったじゃありませんか。あなた達だってそうでしょう?」

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