エピローグ/不思議な飴

「…というような結末、顛末でしょうか」


 私が話し終わっても、目の前の彼は静かなままでいたが、やがて口を動かし聞いてくる。


「そんな、事って…。それじゃあ彼女達は…」


「教えて差し上げてもよろしいのですが、ご気分を悪くされると思いますので…。想像の範囲で留めておくのがよろしいかと。」


 私は少し口元をにやけさせながら言う。


「それに、わざわざお教えしなくてもある程度理解されているのでは? 大きな代償を彼女達は何度も抱えたのですから、家族を失い、友を失い、最後に失うものが何か…」


 彼には今、考えたくはないが、なんとなく彼女らのその後がどうなったのかの想像がついている。


 人の中には、掛けたコストを取り戻したい、もったいないと思ってしまう心理が働くものがいるらしい。人の言葉でコンコルド効果と言うのだったか。


 その時、私の横に生えている犠牲者の木が風もないのに揺れ出し、実のようなものを落とした。そして、彼はその様子を見て驚ている。


「どうやら、悲しんでいるようですな」


「え?」


 彼は訳が分からないという顔をしたが、すぐに青ざめた。そして彼は気になったらしく、木に近づきその実を拾った。輝いて見える様に驚いているようだ。


「これって…」


「飴、ですよ」


 彼は今、『まさか、この木はだとでも言うのか。木に飴がなるわけがない」なんて思っている。


「それでは、どうなさいますか?」


 私は本題を切り出した。


「えっ?」


 彼は、私が何を言っているのか分からないという顔をしている。

 当たり前だろう。普通の感性の人間なら、ここで受け取ろうとはしないのだから。


「飴、お持ち帰りになられますか?」


「ああ。あの、一つ質問があるんですけど…」


「はい、なんでしょう」


「これって、私が受け取った飴を私以外の人が舐めても効果はあるんですか?」


「ええ、もちろん」


「もうひとつ。私が受け取った飴を私以外が舐めたときに、私の記憶や感覚、それに私自身って変わるんでしょうか?」


「ええ、もちろん。と言いたいところですが…、どうでしょうな。ですが、どうしてそんな事をお聞きに?」


 彼が何をしようとしているのか、分かってはいるが、その口から直接聞きたいと思った。誤魔化すのか、正直に答えるのかが気になったのだ。


「だって、面白そうじゃないですか。こんな飴一つで、人が破滅していく様子が見られるんですから」


 彼はまるで、子供が新しいおもちゃを手に入れた時のような顔をしている。ここにきた時とは比べ物にならない程、生き生きとしている。


「なるほど。ふふふ」


 彼は私の話を聞いていて、彼女達の事を可哀想とは思っていたが、同時に面白がっていた。自分の欲望を叶えようとして、破滅していく彼女達の様で。


 だから目の前の彼は、善意で私と同じ事をしようとしているわけではないのだ。私が話しているときの様子は心底楽しそうだったのだから、彼は私と同類だ。


 ◇◇◇


 彼が帰った後の部屋に、少女と黒い格好の人物がいる。


「良かったの? あの人を渡し役にしちゃって」


「ええ、問題ありませんよ。飴なら、彼らがまた木を増やしてくれますから」


「そういうことじゃ…。まあ、良いわ。私はただ、噂を広めるだけだから」


「ええ。お願いしますよ」



 少女が闇に消え、一人だけになった部屋で黒い格好の人物は呟いた。


「これだから、人という生き物は面白い」

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不思議な飴 猫沢 @nekosawa

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