第14話 精霊言語

公爵家の姫が精霊の言葉で詩を詠んだ。

その噂は十日を待たずして王都中に広まった。


「も、もう恥ずかしくて何所にも行けない・・・」

『御免なさいねぇ、うっかりしてたわ』


サーシアの詩って聞いた時からイヤァ~な予感してたのよ。

案の定だったわ。

あれサーシアの日記に書いてあったやつじゃん。

前世を懐かしんで好きだったアニメの主題歌を思い出しながら

書いてたんだよね。

当然、日本語で!


いやもう、あの時は大騒ぎになったよ!

突然イリスが呪文を唱え始めたと思われたのね。

しかも聞いた事の無い呪文の連続でさぁ。

変異種の精霊と契約したと噂で聞いてたから、

とんでもない魔法が発動するんじゃないか?って

みんな恐怖のズンドコ~


詩が終わっても誰も動けない。

固まっちゃった・・・

しばらくして誰かが「キャァーーーー!!!」って

悲鳴を挙げたのを切っ掛けに、泣き出す子やら

おしっこ漏らす子やら、失神する子やらでもう・・・

逃げるようにして公爵邸に帰ったの。


ちゃんとお詫びしたよ?

あれは精霊の言葉で詩を詠んだだけで、

何の害も有りませんよってお手紙を添えてね!

それが世間に広まっちゃったの~


「だけど大聖女様が別の世界から来たなんて驚きましたね」

「本当にね、ニュパォ~ムでしたかしら?」

『ニッポンよ』

「ニュ、ニュ~・・・難しいですわね・・・」


まるっきり違う言語だもんねぇ~

特に発音がね。

舌を巻いたり震わせたり、喉を閉めたり開いたり、

口笛みたいにピュっと音を出したり。

かなり複雑な発音を使う言語なのよ、この世界は。

だから逆に日本語のベタ~っとした発音が出来ないのよね。

呪文が変な事になってるのは、そのせいなの。


サーシアの頭の中では日本語で考えてたからねぇ。

母国語だもんね。

呪文ってイメージが命だから、どうしても日本語になっちゃうんだよね。

じゃぁ他の人は?

日本語なんて知らないよ?

イメージなんて出来ないよ?


大丈夫!

その為に精霊文字があるのよん!

例えば、物体の重量を軽減する魔法、

「キャリュゥ~・キュゥ~・ノゥル・ニュワ~・リュゥ~ル!」

これ本当は「軽くな~る」って言ってんのよ。

そんでぇ、それをカタカナで書いた文字を丸暗記するの。

呪文を唱える時に、それをイメージするのよ。

魔法陣みたいなもんね。

呪文も精霊文字も精霊の世界の言語だと思われてるのよ。

まぁ、ある意味そーだけどね、異世界だし。


丸暗記してるだけだから意味なんて知らないのよ。

だからイリスが精霊言語で詩を詠んだ事にビックリしたの。

文章に出来るなんて思わなかったのね。


「姫様、オリビエ様が御越しになられました。

ルビーの間に御通し致しております」

「御苦労さまアニー、すぐに参ります」


『毎日来るわね、あの子』

「責任を感じておられるのでしょう」

「優しい子よ?オリビエは」


あの日以来、お互いにイリス、オリビエと敬称抜きで

呼び合うようになったんだ。

修羅場をくぐり抜けた戦友って感じ?

すっかり仲良しよね!


「ねぇ、イリスの所にも来てますの?」

「何が?」

「招待状ですわよ」

「あぁ~、沢山来てますわよ」

「そうじゃなくて~、マレーナ殿下からのですわよ」


あぁ、オバルト王家の第一王女ね。

その内に来るだろうなぁ~とは思ってたけどね。

彼女は18歳、既に同盟国の王太子と結婚してるの。

時々こっちに帰って来て、お茶会やら舞踏会やらを

主催してるのよ。


「さぁ?」

「来てますよ」

「え?そうなの?」

「えぇ、おとといコーデリア夫人がおっしゃっていました」

「そうだったかしら?」


案外ボォ~っとしてんのよねイリスちゃん。

あんまりチャキチャキしてるタイプじゃないのよ。

田舎でのんびり育ったからねぇ。


「さすがに断れませんわよ?」

「ですわよねぇ~」


ですわよぉ~


***


「申し訳御座いません・・・お父様」

「良い、済んだ事だ。それにあれは・・・

あんなのは予想外だからな。

気に病むでないぞ」


すっかり気落ちしているイサベルの肩に、

優しく手を添えて気遣う。

可愛い娘だ、無理はさせたく無い。

それにしてもイリスとやらは思った以上に危険だ!

もう近づけない方が良いかも知れない。

教会のやり方では生ぬるいのではないか?

早速の想定外が起こったではないか。


ちまたでは姫の噂が平民にまで伝わっている。

まるで東風こちに吹かれて舞う火の粉のようだ。

あちらこちらで燃えている。

姫に対する評価は真っ二つに割れている。

伝説がよみがえったと感無量で語る者も居れば、

芝居がかったイカサマだとののしる流れも在る。


「公爵家の姫はどうだったかな?」

「はい、とても気さくな方で御座いました。

あの・・・あの時は驚いてしまって・・・

ですが、良いお友達になれると思います!」

「いや、もう、かの姫には関わらぬ方が良い」

「そんな!せっかくご縁が持てましたのに!」

得体えたいが知れぬ」


精霊の言葉を話す娘など薄気味うすきみ悪い事この上ない。

丁度同い年で話もし易いだろうと、情報収集のために

詩会を口実にして呼び出してみたが、この有様だ。

イザベルに万が一の事があったら取り返しが付かない。


「お願い!お父様!私、あの方とお友達になりとう御座います!」

「友達ならば他にも大勢居るではないか」

「あの方は特別なのです!」


確かに特別だ。

だから困っているのだよ。

しかし、どうせ精霊院で顔を合わせるだろうし、

高位貴族の世界は狭い。

関らないと言うのも無理か・・・


「はぁ、分かった、そんなに気に入ったのならお付き合いしなさい」

「ありがとう御座います!」

「だが用心はするように」

「はい、心得ました」


イザベルには、どうしてもイリスと親しくなりたい

理由があった。


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