第10話 臣下の礼

ヘンベルツ公爵邸本館大広間。

舞踏会や催し物などで使われる会場だね。

本家の子弟や分家の当主、主だった直臣たちがずらっと顔を揃えている。

みんな緊張を露わにヒソヒソと囁き合っている。


「公爵閣下がお見えになられます」


家宰のモリスが一同に告げると、全員が一斉に立ち上がって一族の首領を迎える。

一段高くしつらえた壇上に登るサイモンの後ろから小柄な少女が続く。

中央に到着したサイモンが正対すると、ザッ!と音が響き列席者が拝礼した。


「皆の者、大義たいぎである」


ゆっくりと顔を上げた一族郎党の目に、小さな白いヘビを腕に抱いた

華奢な少女が映る。

あぁ、あの娘が・・・

可愛らしくはあるが絶世の美女と言うわけでもなし。

こんな型破りな事をする程とは思えない。


招集状を読んだ時はたちの悪い冗談かと思った。

子爵家の娘を養女に?そんな事が出来る訳も無いだろう。

ところがとくと目を通せば正式な手続きは既に完了していると。

本家の姫としてのお披露目であるとの事だ。

更に異存の有る者は欠席せよとまでしるされている。


勿論、欠席などしたら大変な事になる。

公爵閣下に敵対する意思を表明するようなものだ。

王の許可も下りているなら、その裁量さいりょうにケチをつけたも同然。

ヘタをすれば破門になりかねない。

一体どう言うつもりなのだろう?

まだボケる歳でもあるまいに。


「皆も既に承知の事であるが、我が公爵家の新しい姫を紹介する。

イリス・ヘンベルツである。

継承けいしょう権第三位の姫とする、しかと心得よ。

さぁ、姫よ、皆に------」


「お待ちください父上!」


サイモンの言葉を遮って進み出たのは嫡男ちゃくなんのコーネリウスだね。

まぁ、気持ちは分かるよ。

事情を知らなければ非常識極まりない愚行に思えるよね。

天下のヘンベルツ公爵家が世間の笑い者になるかも?


「控えよコーネリウス、異存は許さぬと申した筈じゃ」

「いいえ父上!ここで申さぬはかえって忠孝ちゅうこうの道にそむきましょう!」

「ほぅ、ならば申してみよ」


「妾妻にとおぼしならばいささかの異存も御座いませぬ。

なれど当家の姫とし、継承権三位とは如何なる仕儀しぎでありましょうや?

王室の姫君が御降おくだりあそばされたならいざ知らず、

下位の者を拾い上げ、正統を退しりぞけて上座にえるなど、

世間広しと言えど前代未聞に御座います。

嘲笑ちょうしょうの的となるは必定ひつじょう

家門のほまれに傷が付きましょう」


いやぁ~おっしゃる通り!

いちいちごもっとも~

思わずウンウンって頷いちゃってるよイリスちゃん。

君の事だよ?


「ふむ、ではそなたに問う。我ら貴族が貴族たる所以ゆえん如何いかん

「それに何の関係があるのでしょうか?」

「答えよ、コーネリウス」

たっとき血筋ゆえに御座います」

何故なにゆえに尊きか?」

「高貴なる精霊とえにしを結び、聖なる乙女を産み出すからです」


そうそう、聖女を輩出してこその貴族なのよね。

そーゆー意味で言うと、もう貴族とは呼べないのよ?

本当はね。


「ならば姫が高貴なる精霊と縁を結んでいるなら、

何の問題もなかろうな?」

「そうで御座いましょうが、見た所、下級精霊ではありませぬか」

「では、そなたの魔弾で姫を撃ち抜いて見せよ」

「なんと!私にその娘をあやめよと?」


ありゃま~サイモンちゃんひどぉ~い!


「そなたは申したではないか、高貴なる縁をって尊きとなすと。

姫はこの場の誰よりも、その資格を備えておる。

そなたみずからそれを確かめよ」


魔法に依る攻撃は対等か下位の者にしか効かないの。

上位の契約者に向けて発動しても無効化されちゃうからね。

力の差ってやつよ。

コーネリウスの契約精霊はタカ。

上位精霊の中でも攻撃力に優れている。

しかもコーネリウスは二級の攻撃魔法を習得してるの。

なかなかの使い手だよ。


「宜しいのですね?手加減は致しませんよ?」

「構わぬ」


「へ?」


ぼぉ~っと話を聞いてたら、とんでもない流れになってる!

魔弾で撃ってみろだとぉ?

死んじまうじゃねぇ~かっ!


「あ、あの、公爵様・・・」

「姫、もうそなたは私の娘なのだ、父と呼ぶが良いぞ」


良いぞ じゃねぇ~よぉ!

頭わいてんのか?


『好きな様にさせなさいな』

(そんな無責任な!)

『大丈夫よ、ピーヒョロ弾なんか当たらないから』

(ピーヒョロ・・・)

『ワタシを信じなさい』


(そうだね、リンゴちゃんを信じよう)


「覚悟は良いか娘」

「はい」

「では参る!ヒューノゥ火のティヤーマンドゥイェール!」


高温の火球がイリス目掛けて打ち出された!

なんの躊躇ためらいも無かったねぇ~

いっそ殺してしまった方が良い。

そう判断したんだ。


プシュゥ~~~・・・・・消えた・・・


「ば、ばかな!デューング・ウェイキュイーン!」


バリバリバリバリ!

今度は電撃かぁ~

効かないねぇ~


「な・・・なんという事だ・・・」


そーゆー事だよコーネリウス。

格が違うんだよ君とは。


得心とくしんが行ったか?コーネリウスよ」

「こ・・・これは・・・」

「今ならば理解出来よう、これなるは十二支精霊、

巳のリンゴ殿である。

大聖女エルサーシア様の眷属。

地を這う者の王。

オロチの化身じゃ」


「まさか、そんな、あれは只のおとぎ話じゃないのか」

「たった今、その目で確かめたであろう」

「・・・・・・」


「今一度、皆に問う。異存のある者は去るが良い。

従う者はその意を示すべし」


「御意のままに」


我に返ったコーネリウスが臣下の礼を取る。

騎士の礼と似てるけど、両手を胸に当てるところが違うね。

当然、その場の全員が従ったよ。


「さぁ、姫よ、皆に挨拶を」


いまさらぁ~~~~~~~

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