第6話 お世話になりました

なんて大きいお屋敷なんだろう・・・


延々と続く城塞じょうさいの様な石垣。

ここがヘンベルツ公爵家の本邸なんだってさ。

凄いよねぇ~

王宮と大して変わらないじゃん!


馬車の向かいの席ではハロルドが上機嫌で時々

鼻歌なんか口ずさんじゃったりしてさ。

いい気なもんだよ。

可哀そうに、すっかり怯えてるイリスちゃん。

いきなり公爵様がお呼びだなんてねぇ。

なんで私が?ってなるよね。


本館に戻された次の日には仕立て屋やら

宝石商やらが部屋に押しかけて来てね。

着せ替え人形みたいに試着させられて、

その間にも次々と届け物が運ばれて来て、

いやもう客室なのか倉庫なのか分かんないよ。

限度っちゅうもんを知らんのか!


「お、お父様、これは一体何事でしょうか?」

「ん?まだ言ってなかったか?」

「はい、伺っておりません」


体調が回復したら公爵閣下に会うから早く治せとだけ言うと、

さっさと行ってしまったよね。

体調?公爵様?何の事だ?てなもんよ。

どこも悪くねぇ~よ!


「そうか?喜べ、公爵様のお目に留まったのだ」

「?と申しますと?」

「降霊の儀で、お前を見かけたのだろうな。

ヘンベルツ公爵閣下が、お前をご所望しょもうなのだ」


その言い方~~~

エロ公爵が幼気いたいけなロリ少女にハァハァしてるみたいじゃん!

いや、興奮はしてるけど別の意味だからねっ!


「そ!そんな!御当主様、それではお嬢様がお可哀そうではありませんか!」


公爵家と子爵家では吊り合う筈も無いよね。

ましてや世間的には下級精霊の契約者だもんねぇ。

ロクな話じゃ無いと思うのが当然だよね。

なぐさみ者にされるのがオチに決まってる!

現にハロルドはそう思ってる。

その上で嬉々ききとして小躍こおどりしてるんだ。

クソ野郎だなっ!


「そなたは口を出すでない、分をわきまえよ」

「ですが、あまりにも---」

「マリアン、お下がりなさい」

「お、お嬢様・・・はい・・・」


心配そうに振り返りながら控室へと入って行く。

ごめんねマリアン、ここでイリスがたしなめて置かないと

マリアンが罰せられちゃうんだよ。

マリアンの言動には私が責任を持ちますって事なんだ。

貴族の流儀ってやつね。

ハロルドにそれが通用するかどうかは分からないけど、

今、この子爵様はとっても気分が良いから大丈夫かな?


「公爵様の元へ参れと仰せなのですね?」

「うむ、公爵家との縁を結べば我がコーランド家に、この上なき益となろう。

家門の栄達の一助となる事を、お前の母も喜んでいるだろう」


娘をエロ爺に差し出されて喜ぶ母親が何所にいるかっ!

いや、居るかも知れないけどアマンダはそんな人じゃない!

愛情いっぱいの優しいお母さんだったんだ!

リンゴちゃん!もうコイツ殺しても良いよ!

ガブッといっちゃってよ!

簡単でしょう?


「承知いたしました、あの、お願いがあります」

「何だ?」

「マリアンを連れて行きとうございます」

「ふむ、良かろう」


マリアンが側に居て呉れたら辛くても耐えられる。

お母様が死んで悲しくてどうしようも無かった時も、

マリアンと抱き合って泣いた。

凍える心をマリアンの体温が温めて呉れたね。


リンゴちゃんは実体化を解除している。

ハロルドの指示で人前では出すなと言われてるんだ。

それは家族の前でもって事ね。

でもちゃんと側に居るよ。

じっとこのやり取りを深紅の目で見つめてる。

やけにおとなしいじゃん。

もっと怒るかと思ったよ。


『世界征服よ!』


そー言ってチロチロって舌を震わせたリンゴちゃん。

言葉を失って唖然とするイリスちゃん。

真っ青な顔色で大事なお嬢様を抱き寄せるマリアン。


『冗談よぉ~そんなに驚かないでよぉ~』

「は、ははは・・・そ、そうだよね~冗談よね~」

「じゅ、寿命が縮みます・・・」


いやぁ~冗談じゃないんだなぁ~これが~

でもまだ無理だよぉ。

しばらくは様子見だね。

使命が宿る。

それを宿命と言うんだ。

廻る因果の糸車。

その糸が引き寄せる物語が君を導くだろう。

大丈夫!

私が見込んだのだもの。

そしてリンゴちゃんが認めたのだもの。


外門から中門、そして内門。

どんだけ広いねんっ!っちゅうてねぇ~

屋敷なんてもんじゃ無いよ!宮殿だよ宮殿!

どぉ~~~んと立派な扉が全開にされている。

賓客を招く時の作法だね。

これにはハロルドもびっくり!

却って恐縮しちゃった。


いや、お前じゃねぇ~よっ!

本来なら、お前なんか近づく事も許されないよ。

イリスとリンゴちゃんを迎える為に礼を尽くしてるの。

さすが!分かってるねぇ~サイモン!

エントランスまで直々にお出迎えだよん!


「ようこそ参られた、待って居ったぞ」

「お、お、おまきね頂きましゅて、ここ光栄に存じましゅ、閣下!」


だらしねぇ~~~

小物感丸出し~~~


「加減はもう良いのかの?イリス殿」

「はい、すっかり。お気遣い嬉しゅう存じます公爵様」

「さようであるか、薔薇の花は好きかの?」

「はい、当家の庭にも咲いて居ります」

「それは良い、早咲きの見ごろでの、案内させよう。

私は卿と少し話があるでの」

「はい」


すっとハロルドを見上げる。

何だ?と言うような顔で見下ろすハロルド。

居住まいを正し、深々とお辞儀をする。

おそらくこれが父親との最後になるだろうと思った。

命を繋ぐ為には食べねばならぬ。

食と住処すみかを与えてくれた人だ。

愛する母と過ごした日々も、大好きなマリアンとの出会いも。

母の葬儀もちゃんとしてくれた。

愛情以外は・・・


少し下がったところでマリアンも同じ姿勢を取る。

???

何も分かってないハロルド、子の心、親知らず。


ほぅ・・・目を細めて、その様子を見ているサイモン。

賢い娘だ、このボンクラからよくぞと感慨かんがいひとしおだね。

家令にうながされて中庭へと足を運ぶイリスを見送り、

ハロルドへ視線を移す。

その目は、先ほどまでの優しい目では無い。

遥かな高みから見下ろす強者のそれだ。


「では卿よ、要件を済ませようかの」

「は、はい!」


びびっちゃたのよ~♪

   らららんらん♪

びびっちゃたぁのよぉ~♪

   らららんらぁ~ん♪


すっかり飲まれてしまったハロルドは、

ロクに確かめもせず、言われるがままにサインをした。


親子の縁を切る書類に。


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