第5話 ゴドローフのサイモン

我が目を疑った・・・

叶う筈の無い願望が見せた幻か・・・

あっ、と思わず声を上げてしまった。

振り向いた司教の顔が目に入らなかったら、

駆け寄っていたかも知れない。


「如何なされましたかな?」

「いや、何でも御座らぬよ」

「さようで、しかし子爵家ともあろう者が下級とは」


貴族の子女に下級精霊が降臨した事を驚いたと思われたか。

あぁ、確かに驚いたぞ。

貴公とは別の意味でな。

まったく、まったく、別の理由でな。


「滅多な事は口になさらぬが良い。精霊に貴賤きせん無し」

「おぉ、これはこれは失言でしたな。今のは・・・」

「何も聞いてはおりませぬぞ?」

「かたじけない」


信仰の対象である精霊にケチをつけるとはな。

教会の質も落ちたものだ。

あのヘビは只のヘビでは無い。

間違いない!十二支の巳だ!

大聖女エルサーシア様の契約精霊、巳のリンゴだ!

あの喉元の八角に並んだ赤い鱗。

赤い目、赤い舌。

青光りする白い体。

古文書こもんじょの通りだ。

何と言う奇跡!生きてこの目で見る事が叶うなんて!


誰も気づいて居らぬ。

この奇跡を、まごうこと無き奇跡であると知っているのは

この私ひとりだ!

そうであろう、そうであろうとも!

堕落した教会のエセ坊主も!

節穴まなこのアホ貴族も!

今、何が起こっているのかを理解しておらぬ。


あぁ、不憫ふびんな・・・

叱られて泣いておる・・・


よかろう!これは天啓てんけいじゃ!

天が我に与え給うた使命じゃ!

かの娘を助けよと!

おぉ!助けいでかや!


天よ!御照覧ごしょうらんあれ!

我はサイモン!ゴドローフのサイモンなり!

天命、しかとたまわったり!


***


王国中北部の広大な平野部ゴドローフ領。

そこを治めるヘンベルツ公爵家の第233代当主サイモン。

王国でも最古参の家門だ。

王室とも姻戚いんせき関係であり、元老院の常任議員を務めている。

聖女の輩出も多く、現大聖女代理フランソワはサイモンの

腹違いの妹だ。


サイモンは若年の頃からの考古学マニアで、一日中書庫に籠って

文献を読み漁り、外に出て来たかと思えば遺跡へまっしぐら。

特に大聖女エルサーシアに関する研究では、王国随一の学者だ。

少なくとも本人はそう自負じふしている。


エルサーシアの正式な記録は2千年前からの記述しかないが、

伝承や古文書では、それよりも遥かに古い時代にその起源は

さかのぼっている。

しかし、なにぶん資料の痛みが激しく解読不能な部分が多い。

また、特殊な言語で書かれている為に意味不明な所は

如何いかんともしがたい。


「そんな事に何の価値があるのだ?」

父公爵からは度々たびたびそう言われたものだ。

考古学は学問として認知されてはいなかった。

一部の物好きが同好会を作り、互いの研究成果を

報告し合ったり、議論したりするオタク趣味だった。


「今の世界の在り様は歪んでいる。エルサーシア様の

望まれた世界では無い」


これまでの研究により分かった事は、昔より人も精霊も

劣化しているらしいと言う事だ。

聖女にしたところで、明らかに貧弱だ。

いや、確かに他の者たちよりは強い法力を持っている。

しかしただ強力なだけで、古文書で語られているような

大魔法は使えない。


「そんなものは作り話だ、人が空を飛ぶわけが無い」


自由自在に空を飛び、千里の距離を瞬間移動し、

無から有を生み出し、すべてを無に帰す。

まるで別次元の魔法。

そんな大魔法を行使できるのが聖女である筈なのだ。


サイモンの胸の奥深くには常にその思いがくすぶっている。

だからと言って、何をどうすれば良いのだ?

いくら研究したところで、その知識が何の役に立つ?

父の言う通りかも知れない・・・


先代の後を継ぎ当主となってからは考古学を自粛じしゅくした。

公爵としての務めを果たさなければならない。

ちょっとした趣味程度。

それで我慢しよう・・・


その日も公爵家の当主として高位精霊の契約者を目当てに

精霊殿を訪れていた。

優秀な人材を発掘し、家臣に取り立てるか、あるいは妾妻にと

声をかけるか。

今日は地方の下位貴族が儀式を受ける日だ、あまり期待はできないな。

そう思っていた。


ところが!


大急ぎで王宮へ向かい、貴族院の長官を呼び出した。

アロン宮殿で行われる降霊祝いの宴会にコーランド子爵家を

捻じ込んだ。


我が身の幸運に打ち震えながら。


***


「何なのでしょうねぇ、まったく」

「さぁ?でも良いのかしら・・・」


2日ほど別館で過ごしたが、結局また本館に戻れと言う。

部屋ではハロルドが待っていた。


「おぉ、イリス!我が娘よ!良い話しがあるのだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る