第33話 ヘタレ氷の貴公子ベルナルドの視点5

「ベルナルド様に大事にされるのは嬉しいですけど、できれば一緒にいたいです。隣にいてなにかあった時、真っ先に支えられるように……。ああ、でも戦闘や政治方面でも役に立たないかもしれませんが……」

「(そうだ。一周目の俺は戦闘や政治的にシャルを矢面に立たせたくなくて、相談もなく勝手に結論を出した。それが一番安全で、いらぬ心配をかけたくなかったから……。でもそのせいでどんどん話す機会を失って……事情も、俺の気持ちも上手く話せなかった。シャルは自分の立ち位置を分かっていて、それでも俺なんかと一緒に居たいと考えてくれる……。控えめに言って天使? え、なにすごく嬉しくて死にそうなんだけれど……)……そんなことはない。シャルの傍にいるだけで心が軽くなって楽になる」

「ベルナルド様。その顔は……ずるいです」


 そう顔を真っ赤にして可愛らしい婚約者は嬉しそうにはにかんだ。俺からすれば今のシャルのほうがよっぽどずるいと思う。

 話し合いの末、二人で一緒の時間や今後について話をしてコミュニケーションをとっていく――という極々当たり前のことを積み重ねていくことで決着がついた。


 そんな当たり前なやりとりや会話などが、一周目ではほぼ無かったことに愕然とした。

 本当にあの時の俺は何も分かっていないクズ野郎だ。

 今からでも自分を五、六発殴っておくべきだろうか。


「好きだ」という思いは言葉にしなければ案外伝わっていない。

「好きだ」と口にしても相手にその熱量は半分も伝わってないと気付く、だから「好きだ、愛している」と毎日、伝えて彼女に触れる。

 彼女の傍で、少しずつ表情が柔らかくなっていく姿をつぶさに見られることが、そんな日常がとても愛おしいと知った。


「シャル、愛している」

「私もベルナルド様が大好きです!」


 一周目でも彼女は俺にそう言ってくれたけれど、今は前よりも胸に響く。

 以前は人目を気にして彼女を抱きしめることを躊躇っていたが、今は彼女を抱きしめて肩に顔を埋めるのがすごく落ち着くし好きになった。

 ――と、もう何度目になるかわからないほど今の幸福を噛みしめる。


 ***


 その日の夜。

 予想通りというか想定通りルディーはシャルの寝室に忍び込んできた。夕食時に睡眠導入剤が混じっていたので「もしや」と思っていたが思いのほか短絡的だった。


「なっ……。なぜ、彼女の部屋に君がいる?」

「シャルたっての願いで眠るまで一緒に言われたら断れないだろう。俺は彼女の婚約者なのだから」

「──っ!」


 ルディーはあからさまに眉をつり上げて睨み付けた。

 一周目では表面上親しげに接していながら裏で暗躍していた頭の切れる奴だったが、眼前の男の言動はあまりにも稚拙で計画性がまるでない。まあ、十五歳ならこの程度か。

 なにより現状で優位に立てているのはシャルが俺の、いやマクヴェイ公爵家が保護下にあることが大きいだろう。

 そう考えるとすでに手札シャルを揃えた状態だったからこそ、一手先を打てたのだろう。

 誰がお前などに二度も奪わせるものか。

 シャルにお前を殺させないし、彼女は誰も殺さない。殺させてたまるものか。


「(シャルをこの男の元に行かせなくて本当によかった)……今帰るのなら見逃してやる」

「《王家の番犬》のくせに、随分甘い対応をするのですね」


 一周目での末路は自分に落ち度があったが、元凶となるこの男を早々に排除すれば丸く収まる。以前の俺なら不穏分子がいたら首の骨を折ることも考えていただろう。だがシャルは一周目の記憶がないとはいえ、ルディーのことを気にかけていた。

 それならできるだけ彼女の意志を尊重してやりたい。


「シャルが平和的解決を望むのならできる限り叶えたい。それだけだ」

「……気に入らないですね。たかが数日でそこまで入れ込むなんて」

「好きになるのに時間は関係ない」


 俺が素直になれなかっただけで一周目の時だって早い段階でシャルが気になって、好きになっていた。

 あの時の俺はただ幼くて、愚かで、頑なだった。

 素の自分を曝け出せず、隠して先送りにしていただけ。


「君がそんなに彼女の惚れていたなんて予想外だったよ」

「そうか? シャルの笑顔を見たら大体の人間は落ちるだろう。あれだけ可愛いのだから当然だ。愛想もいいし、空気も読める。俺のことも気にかけてくれて、支えてくれると言ってくれたんだぞ。すごくいい子で俺にはもったいない。……まあ、だから絶対に、どんなことがあっても、誰にも渡さないけれどな」


 たとえシャルが一周目の記憶を取り出して、俺を──許さなかったとしても。

 嫌いだと言っても、もう手放せそうにない。

 一周目でシャルの幸せを願った決意に変わりはない。ただ、それでも俺はシャルに好かれていたいし、許されたいと思ってしまった。


(ずっと騙して、騙し続ければ──それは事実にならないだろうか)

「……君、本当にあのベルナルドなのか?」

「? 俺は俺だが」


 ルディーは毒気が抜けたのか、そのまま踵を返して部屋を出て行った。

「まったく、お似合いだよ。君たちは」と捨て台詞を吐いて出て行ったが、俺にとっては褒め言葉にしか聞こえない。

 少し気分がよくなった。


(……に、しても明日にでも身元がしっかりした護衛侍女を付けるべきだな。あー、眠っているシャルも可愛い。寝言で俺の名前とか読んで……なに気色悪いことを……こんな下種なことを考えてばかりいたらシャルに愛想尽かされてしまうかもしれない。……愛想尽かされたら、あ、タブン死ぬな、俺)

「んん、ベルナルド……様」

(ああーーーー。寝言最高。ルディーに見せずに済んで本当によかった)


 すやすやと眠っているシャルを見つめて、彼女を守ることに死力を尽くすと決意を新たにした。

 この時の俺はルディーを追い返したことで少し気が緩んでいた。

 この後、真にシャルを大事にしていた面々に宣戦布告されることなど――知るよしも無かった。いや、本当に。

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