第32話 ヘタレ氷の貴公子ベルナルドの視点4

 二日目は少し席を外して戻ると案の定、シャルを口説いていた。すぐさま二人の間に入って殴ってやりたい衝動に駆られたが、


「ごめんなさい。私が好き人はベルナルド様だから、貴方の気持ちには応えられません」

「そう。……どうしてアルバートやベルナルドばかり愛されるのでしょうね」


 この瞬間、小躍りするぐらい嬉しくて口元が緩みそうになった。だが話を聞いている内に親身に話を聞いているシャルに少し苛立ちを覚えた。

 あんな奴に助言など必要ない。


 そう思ったから、ルディーが部屋から出て行った後でシャルに詰め寄った。

 抱きしめると彼女の顔が見えないので、壁に追いやって逃げないように手で塞いだら「これは、壁ドン!?」と何故か頬が赤くなっている。

 その表情にも少しイラッとした。


「(ああ……。シャルがルディーと仲良くなるのを見たくない。あれは一周目、お前を死に追いやった元凶。いや、シャルが死ぬ元凶は俺だ。どんな経緯であれ一周目を終わらせたのは俺で、そんな俺が嫉妬して、また一人で空回りして……そしたら今度こそシャルに嫌われて……捨てられるのだろうか)……シャル」

「は、はい!」

「ルディーと仲良くなって、俺を捨てる気か?」

「!?」


 空色の瞳を大きく見開いて彼女をとても驚き――酷く傷ついた顔で俺を見返す。

 違う。

 そんな顔をさせたかった訳じゃない。

 そう思っても溢れ出る感情は止められなかった。


「あんな奴を放っておけばいいんだ。お前が優しい言葉を投げかけるから調子に乗って――」


 ちょん、と触れた唇に、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 背伸びをしてシャルからキスをしたという事実を理解して、実感するまでに数秒、いや数分かかった。


「え、なっ」

「私が好きなのはベルナルド様だけです。浮気なんかしません!」

「(え、ちょ、あれ、あー落ち着け俺。シャルは今何を。唇が、触れあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!)くっ……、だがルディーはお前を――」


 お前を死に追いやった人間だと口にしかけたが、なんとか思いとどまった。

 一周目でシャルに負担を強いただけでなく、寂しい思いも危険なことをさせたくない。その思いでそう言ったのだが、シャルは小首をかしげた。


 一周目のできごとはシャルの提案したシナリオテンカイと呼ばれる内容に酷似しているものがいくつかあった。だがそのゲェムセッテイという中にシャルの姿はないという。

 シャルの存在そのものがイレギュラーである以上、この世界にどのレベルで影響を及ぼすのかがわからない。少なくとも一周目では魔力暴走による死の満開デス・フルブルームの発生率は激減した。

 ルディーの危険性もシナリオテンカイによっては書かれている。それなのに、なぜ関わろうとするのか。好意があるのでは──と勘繰ってしまう。


「(悔しいがルディーは俺よりも社交的で、昔から要領がいい奴だ。そつなく何でもこなすし人脈も多い。それに比べて……あ、なんか、凹んできた……)とにかく危険なんだ」

「ルディー様が危険……というか黒幕候補だって言うのは分かっていますよ。だからこそ今のうちにヤンデレ化を阻止できればと思ったのですが……」

「ヤンデ……なんだ、それは?」

ヒロインアイリスに対して偏った愛情表現で、執着して病んでいるほどの愛情を注ぐ束縛や依存などの傾向にあることを言います。彼の場合はある条件を満たさない場合、国一つ滅ぼしかねないのでアイリスと出会う前に少しでも更生できればと思ったのです」

(いや、確実にターゲットにされていたのは一周目でも今もお前だぞ)


 その言葉もグッと飲み込んだ。

 シャルもルディー自身の危険性は理解しているようだが、それでも最悪の結果にならないよう自分のできることをしようとしていた。

 そういう純粋な言動に俺も、ルディーも弱いのだろう。


「もしかしてベルナルド様、私に内緒にしてお一人で動こうとしているのですか?」

「それは……。できるだけシャルに負担をかけたくないし、屋敷で――」


 そう言いかけて安全だと思っていた領地にシャルを連れて、屋敷に一人にさせて、不安と孤独を与えていたのは自分だったじゃないか、と自分の言動を顧みる。

 最善の手を打っていたつもりだった。

 不安にさせたくなかったし、巻き込みたくなくて、守っているつもりだった。

 俺が彼女の心を砕き、壊して、追い込んだ張本人だというのに――。

 今にも自分を殴ってしまいたい。


「ベルナルド様?」

(俺はまた繰り返そうと……本当に成長しないな)


 時戻りが使えるのは一度だけ。次はない。

 あの時の後悔や絶望、喪失感を繰り返さないために俺は戻ってきたんだ。


(そうだ、俺はまたシャルの意見を聞いていない。どうしたいのか聞かないと分からないのに……)


 それはあまりにも簡単で、簡単だからこそ忘れてしまう。

 見逃してしまう。

 俺はシャルの手を引いてソファに座ってもらった。俺は隣か向かいの席に座るべきか悩んでいると袖を掴んだシャルは「隣に座らないのですか?」と不思議そうに尋ねた。

 シャルにとって俺が隣にいることが当たり前みたいな言動に胸が熱くなる。


 そうだ。シャルはいつも俺のことを考えて、支えてくれていた。

 それは二周目でも変わらない。一周目の記憶が無くても、シャルは俺という存在を真っ直ぐに見てくれている。

 力が抜けて俺はシャルの隣に座った。

 こそばゆいが悪くない。


「……シャーロット、俺は何でも一人で解決しようとするところがある。お前が大切で傷ついてほしくないから安全な場所で待っていてもらうのが最善だと思っていた。……でも、それでいいのかどうか、シャーロットの考えを聞かせてほしい」

「私は……」


 シャルは俺の手の甲に手を重ねた。

 触れられて温もりが緊張をほぐす。

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