第31話 ヘタレ氷の貴公子ベルナルドの視点3

 我が家に伝わる懐中時計は一度だけ時を戻せる。

 そしてその時の記憶は使用者のみに残るという。次に目を覚ますと見慣れた天井が見え、手には懐中時計が握られていた。

 起き上がり姿見鏡に映る自分が十五歳の頃に戻っているのを確認する。


(せ、成功したぁ……)


 成功したと心底安堵し大きな溜息が出た。自信はあったがピンポイントであの日に戻れるとは思わなかったので心臓が今頃バクバクなって煩い。

 戻ったのはシャルが異世界転移する前で、両親が亡くなった当日だった。


 シャルと出会ったのは彼女が魔法学院に入学した頃で時を戻すのなら――と考えたがそれでは遅いと思い直した。

 ルディーの日記には彼女が異世界転移召喚の儀式から利用することを画策していたのだ、ハイド公爵家の手に落ちてしまえば前回の二の舞になる。


 それを回避するのに十五歳の俺ではどうこうすることもできない。

 だから人脈も地位もある両親に助けを求めるしかない。

 その結果、両親にシャルのことをそれはもう根掘り葉掘り聞かれた。いや尋問に近かった気がする。


「ついに私たちに娘ができるのね! とっても楽しみだわ」

「ああ、しかも時戻りを使ったのなら本気だ。それで、何処のご令嬢だ?」

「……異世界転移者だ。推定ではそろそろ王家とハイド家、魔法学院の方で日程を詰めているはず……だと思う」


 途端に仕事のスイッチが入った父は眉間に皺を寄せて表情が一切削ぎ落とされた。数年ぶりに見るが、ここまでオンとオフの切り替えが極端な人間も珍しいだろう。

 顎髭を撫でつつ「ほう」と呟く。


「仕事モードのアナタも素敵だわ」

「フッ、当たり前だ。……さてさて、なるほど。異世界転移者が未来の娘になるのなら今からリチャード国王陛下に会って外堀から埋めておく必要があるな。後ろ盾や身元引受人も必要になる。その娘の名前は?」

「俺が出会ったときはシャーロット・フォン・クリスティと名乗っていた」

「クリスティ、ああ、ハイド公の遠縁としたようだな。よし、ベルよ。父に任せておけ」

「いや、父様。今日の外出は控えるべきだ。馬車などで移動中に事故死に見せかけて殺される」

「むむむ。……逆恨みをした残党だろうな。であれば騎士の派遣と、リチャード国王陛下には我が家に来てもらうよう手紙を送るとしよう」


 一国の王と呼び出すなど無茶苦茶だが、それを実現してしまうのが我が父親である。

 両親を狙っていた連中も「無事に捕縛した」と国王陛下は護衛騎士を数人引き連れてやってきた。

 すでにある程度の事情は話したのだろう。異世界転移召喚に俺を同伴させて、問題なければ我がマクヴェイ公爵家で保護する流れになった。

 そんな訳でとんとん拍子にシャーロット──シャルとの再会を果たす。


 正直、シャルがもう一度自分を好きになってくれるのか分からないことに、不安というか絶望的な気持ちが押し寄せた。そもそも彼女に恨まれているのだから、嫌われる可能性の方が高い。


(記憶がなかったとしても、いずれ思い出したら──)


 それでも自分を奮い立たせて歩み寄った結果、思いのほかあっさりとシャルは俺を受け入れた。


「私はずっとベルナルド様の傍にいたいです。独りにはさせないですから」

「……っ、俺もできるだけシャルの傍にいて、独りにさせない」


 しかも素の自分を見せても引くどころか受け入れてくれた。

「ユルサナイ」とシャルが言った言葉が俺の胸に突き刺さる。

「愛さない」と告げた彼女の声が耳に残っているのに、俺は彼女の最期の言葉をシャルに隠した。彼女が万が一にも一周目の記憶が戻れば全ては崩れ去る。

 砂の城だと分かっているのに、それでも真実をつまびらかにすることができなかった。


(ああ、クソッ。本当に最低だな……結局、俺自身はまったく成長できてないじゃないか。またシャルに甘えて……支えられて……)


 自己嫌悪を覚えつつもシャルに愛されている心地よさに浮かれて、油断していたのだ。

 あの男が俺の前に立ち塞がることなど容易に想像ができていたはずなのに――。


「あがりだ」

「またベルナルド様の一人勝ちですか! やっぱりポーカーフェースはずるいです」

「なんとでも言え」


 なぜかルディーとシャルの三人でカードゲームなるものをすることになった。本来なら彼女と一緒の時間を過ごしたかったのに。二周目でも邪魔をするつもりなのだろう。

 一周目の時も何かと突っかかってきたが、それかが変わったのはシャルが入学してからで、彼女との仲を取り持つようになった。

 今考えれば俺が彼女の思いに応えて付き合ったら、すぐにルディーは奪い取ろうと画策していたのだろう。ただあの男の誤算はシャルが俺を裏切らず一途に好いてくれていたことだ。


 その結果、様々な手で俺の足を引っ張り、屋敷に戻る暇など与えなかったのは本当に失敗だった。それにルディーが送り込んだ侍女ハンナも厄介で、いつの間にかシャルの傍付きに収まっていたのだから油断できない。

 事情を相談できる相手もアルバートぐらいで、王都を離れた選択も自分の首を絞める結果となり、全ては後手に回ってしまった。


(二周目ではできるだけルディーと接点を持たないように動こうとしていたんだが……。そのあたりの事情をシャルに話しておけばよかったのだろうな)

「むー、ルディー様。今度は私が勝たせて貰います」

「冗談でしょう」

「あーーー。やっぱり負けた」

「うう……。惨敗です」

「シャルはすぐに顔に出るかな(頬を膨らませる姿も可愛い。くっ、コイツさえいなければハグできるのに……。本当に邪魔だな。いやいっそシャルにキスをしているところを見せつけるのは……ありだ)」

「うう……次はブラックジャックにしましょう」

「なんだそれは」


 三人で和気藹々わきあいあいの雰囲気を出しているがあくまでも表面上だけで、にこやかで丁寧な口調で話すルディーの目は笑っていなかった。だが途中から殺意めいた瞳に、光が宿った。

 シャルを見るときに表情が和らぎ、隠しきれない感情が浮かび上がるのに気付いた。

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