第30話 天才魔法使いルディーの視点2

 ベルナルドから奪う。

 当初はそれだけだったが今は少し違う感情が芽生えた。その宝石のような瞳や、笑顔が自分だけ向けてほしいという願望。

 だがその願いは簡単に打ち砕かれる。


「ごめんなさい。私が好き人はベルナルド様だから、貴方の気持ちには応えられません」

「そう。……どうしてアルバートやベルナルドばかり愛されるのでしょうね」


 思わず感情的に言葉が出てしまった。

 今までは上手く隠してきたのに、どうにも彼女の前では気持ちを吐露してしまう。


「んー、ルディー様の視野が狭いからだと思います」

「え」

「二人に焦点を当てすぎて、他に見えているはずの大切な人たちと向き合ってないでしょう」

「大切な?」

「ご家族です。喧嘩腰ですけど本当はお父様ともっとお話をして自分を認めてほしいのが本心なはずなのに、すでに親子の仲がいいベルナルド様とアルバート殿下を比べるのは無意味なことです」

「なっ」


 的を射た言葉に私は絶句した。

 アルバートやベルナルドに対する嫉妬も、元は両親に愛されている姿をまざまざと見せつけられたからだ。

 シャーロットはさらに言葉を続けた。


「王家として重責が常に付きまとうアルバート殿下と、《王家の番人》として裏社会のボスとして悪を裁くベルナルド様たちは普通の貴族よりも重い義務が付いて回ってきます。お二人は両親から継承するために日々努力し、親子関係も密になるように努力しているのですよ」


 二の句が告げられなくなり、口をパクパクさせることしかできなかった。

 幼い頃から見てきたというのに私の視野はあまりにも狭く、何かとあの二人と比べて生きてきたのだと痛感する。その方が楽だったからだ。


「……もし本当にルディー様のお父様との関係を修復したいと望むのでしたら、屋敷の裏に奥様のお墓に行ってみるといいですよ。あの花いつも朝になると変わっているのは、知っていました?」

「いや……」


 母の墓参りなど一度もしたことが無かったので、どこに墓があるかなんて興味も関心も無かったことに気付く。彼女は屋敷に来た時に散策して見つけたとか言葉を付け足していたが、異世界転移者は祝福ギフトを持つらしいのでその能力なのかもしれない。

 それほどまで私の視界は狭く、周りを見ていなかったのだと指摘された。


「もし少しでも視野を広めようと思うのなら、夜が明ける頃に行ってみたらいいのでは? ちょっとは貴方の世界が変わるかもしれませんよ」

「世界……」


 見たいものだけを見て、耳を閉ざして、心にもない言葉を口にする。

 たしかに私の視野は狭い──のかもしれない。

 シャーロットはハッキリと言うがよくよく考えればその指摘は的確で、手厳しいことを言っているがハッとさせられた。甘いセリフや世辞などない、純粋な本心と私を慮る言葉に胸が詰まる。


(ああ、そんなことを言われたら──ますます彼女がほしくなる)


 無意識に彼女に手を伸ばし頬に触れようとした刹那、強い力で腕を掴まれた。


「俺の婚約者に勝手に触れるな」

「ああ、これは失礼。肩に糸くずが着いていたから」


 心にない謝罪をしつつ表面上は笑顔で取り繕う。

 この方が世渡りは上手くいくのだが、無愛想なベルナルドの冷ややかな視線を受け流す。


(ああ、本当に心の底からこの男が嫌いだ)

「ベルナルド様、そう怒らなくても。ルディー様とは少しお話をしていただけですから」

「人の婚約者に触れようとしたコイツが悪い」

(やはりどんな手を使ってもこの男が破滅させた──)

「ほら、手を離してあげてください」


 そう言ってシャーロットはベルナルドの手に触れ、私の腕から手を離すように仲を取り持つ。強く握られたが骨は折れてないだろう。

 ベルナルドの手を彼女は両手でギュッと掴み、「短気はダメですよ!」と真剣な面持ちで語った。それは昔、母に窘められた言葉と全く同じだった。


『貴方はお父さんに似ているから、周りをよく見て、困ったら頼るってことも覚えるのですよ』


 なぜ、今の今まで忘れていたのだろう。

 あんな大事な記憶を──。

 そのことに軽く衝撃を受けていたのだが、ベルナルドは私に視線を向けると、


「……俺の勘違いのようだ。その、ルディー、悪かったな」

「(あのベルナルドが謝った!?)あ、いや……私も勘違いさせてすみません」

「うんうん、仲直りできたところですし、今日はなんの遊びをします?」

「シャルは激しい運動ができないからな。デー……出かけるのも難しいし」

「じゃあ、屋敷をお散歩するのはどうでしょう。ルディー様、案内をお願いしてもいいですか?」

「あ、ええ。もちろん」

「シャル、昨日来たとき屋敷内は見て回っただろう」

「ベルナルド様は一度で場所の把握とかできるかもしれませんが、私は何度か歩き回らないと覚えられないのです。というか普通に覚えられないですからね!」

「わかった、わかった」

「あ、ルディー様。金木犀の香りがしたのですが、どこかに咲いているか分かりますか?」

「え、ええ……」


 あの飄々としたベルナルドが自分よりも年下の少女にやりこまれているのを見て、少し面白く溜飲が下がった。

 母の墓を知っていた彼女が屋敷内の場所を把握していないことの違和感を覚えたが、それはこの場の雰囲気を変えようと提案するためのものだったのだろう。

 気配りができる──やはり私は彼女のことを諦めたくない。

 チリついた感情から胸が締め付けられる思いが上書きされていった。

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