第29話 天才魔法使いルディーの視点1

 母が命を落とした本当の理由は、魔力暴走による事故死だった。

 元々体が弱かった母は妹産んだせいでさらに体調が悪化し、そのため魔力制御がうまくできずに暴走させてしまったという。その時立ち会った父は、母の死後すぐに魔境で《疑似種子》の核となる《世界樹の種》を探しに旅に出て行った。


 母の死後、父は《疑似種子》の研究にのめり込み研究室に籠ることも増えていったという。元々は魔法学院の講師だったが、それも引退して研究だけに絞った。

 この世界の呪縛を解く尊い責務――だと周囲は父を過大評価し、支援する王侯貴族たちが後を絶たなかった。確かに父の研究が実を結べば魔力暴走の果てに起こる《死の満開デス・フルブルーム》を止めることができる。

 屋敷を研究所と化して日々研究に没頭していき、私や妹との時間を割くこともなく、いないもののように扱われた。


 それでもいつか父の役に立てるようにと背中を見て勉学に励んだ。

 父の力になれるように。そんな折、妹が母と同じように魔力制御がうまくできない体質のようで床に伏せた。

 今まで目もくれなかった妹に対して父は毎日部屋に赴き、声をかける。

 父からすれば診察に近い状態だったのだろう。

 あるいは妹と母を重ねていたのかもしれない。


 研究室には母と同じような体質の患者が集められていた。治療として魔力暴走が起きないように対応する父はいつしか魔法病院を経営するようになり、魔力暴走を研究し暴走を抑える魔法薬を開発した。その分野は魔法と言うよりも魔術師の領域に近かったが、結果だけで言えば成功だった。魔法と複雑な術式による補填によって生み出された技術。


 今まで聖女による治癒魔法ぐらいしか効果が期待できなかったことを考えると大きな一歩だった。そこから《赤い果実》だけを取り除く方法を探し、全く魔力の無い者ならば《疑似種子》が適合するところまでこぎ着けた。

 そこから異世界転移召喚の話を耳にする。


(異世界転移者……か。魔力のある私では父の役にはたたない)


 私は妹のように心配されることもない。

 患者のように診察をしつつ世間話をするような関係も構築できていない。


 誰からも愛されない存在。

 いつまでも私だけが透明人間になったようで、それが酷く堪えた。

 父の目に止まるには特別でなくてはならない。

 一層勉学に励んだ。

 そんなある日、「あら、ルディー様。大きくなられたのですね」


 声をかけてきたのはベルナルドの母親だった。

 なんでも私の母とは学院時代からの知り合いだとかで、父を呼び止めて少人数のお茶会の場を設けてくれたのだ。

 そのお茶会によって私のことを息子、というよりも『有能な研究者の一人』として父は認識したようだった。

 ぎこちなかったが、挨拶を交わすようになる。

 数カ月後には学業の傍ら、父の傍で議論にかこつけて毎日顔をつきあわせて会話することが増えた。

 そういった経緯もあり、異世界転移者シャーロットという存在によって、父との会話が増えると思ったのだが甘かった。


 当初は異世界転移者をハイド家我が家の遠縁として迎え入れ、私の婚約者にしてしまえば父との繋がりがさらに増える――そう考えていたのに、ベルナルドの奴に先手を打たれる。

 しかも婚約まで国王陛下のサインが入れば、こちらが下手に画策することができない。ベルナルドはいつも澄ました顔で、アルバートと同じように何もかも奪って、欲しいものを手に入れる。


 先に横取りをしていくのだから、今度は私がベルナルドの思い人を奪ってやる。

 数日、屋敷に滞在するというのだか好都合だった。

 どんな手を使ってでも落としてみせる――そう決意したのだが。


「あがりだ」

「またベルナルド様の一人勝ちですか! やっぱりポーカーフェースはずるいです」

「なんとでも言え」


 異世界転移者の世界で遊戯だというカードゲームは奥深く悪くない。というか意外だったのは、ベルナルドまでも彼女にべったりとくっついていることだ。


 今までのベルナルドなら、いくら婚約者だからと言っても放置しておくと思っていたのだが、本当に腹が立つほど仲がよい。

 形だけの婚約じゃないのか。


「むー、ルディー様。今度は私が勝たせて貰います」

「冗談でしょう」


 すぐに顔に出る彼女の心理を読むなんて簡単だ。

 裏表のない明るくて人の心を和やかにする――不思議な少女。気付けばあっという間に会話に打ち解けて会話するようになった。

 私との適切な距離に、気遣った言動。

 最初は腹立たしく感じたが、ハイド家のルディーではなくただのルディーとして接してくる。肩書きだとか、身分などで私を見ていない。

 本当の友人のように接してくる。


「うう……。惨敗です」

「シャルはすぐに顔に出るかな」

(一人勝ち逃げして部屋を出て行くと思ったのに、なぜ彼女の傍から離れないんだ? 好いている? あの冷徹人間のベルナルドが? まさか)

「うう……次はブラックジャックにしましょう」

「なんだそれは」

「(はあ、ベルナルドがいない間に彼女と親しくなるつもりが、予想外だ)……面白そうですね」


 彼女は《ブラックジャック》と呼ばれるゲーム内容を嬉々として話す。その仕草や話し方も分かり易くて耳に心地よい。


「つまり確率のゲームか。最初に配られる二枚のカードの合計数の確率を考え……」

「う、うん……ええっと……」

「おや計算ですか、そういうのは得意なのですよ。21が出る組み合わせと全ての組み合わせを計算式にすれば……」


 そう告げると「ヒュ」と面白い息を吐きながら楽しそうだった顔が一瞬で凍りつく。そのコロコロと変わる表情も見ていて飽きない。


「選択したゲームを間違えたような……。えっと……神経衰弱に変えてもいいですか?」

「嫌です」

「ダメだ」

「二人とも即答ってどういうことですか!?」


 一日目は彼女と仲良くなろうと動き、概ね成功した。

 ベルナルドが終始傍にいるのがイライラしたが、それでも異世界転移者からシャーロットと名前を呼ぶぐらいには変わった。


 二日目は診察という名目で彼女の世界のことを訊ねた。未知なる知識を持つ彼女は予想以上に聡明で知者だと実感する。

 いつの間にか彼女に質問をしていたのに、気付けば自分の身の上話をしていた。

 ベルナルドが同席していなかったのもあったのだろう。同情してもらう作戦でもあったのだが、思いのほか彼女は私の話に涙を流し「そっか。お母様は……」と泣き出し、父親との溝について上手く接することができず喧嘩腰でしか会話ができないと告げたらまた泣かれた。


(共感力が強いのか、自分のことのように泣くんだな)

「ううっ……。じゃあお母様との思い出は……」

「殆ど覚えていない」

「っ、だよね……」


 貴族は感情をある程度コントロールして隠す。

 感情の起伏が大きければその分、魔力暴走にも繋がるのもあり、また貴族同士で足の引っ張り合いもあるから下手に弱みや表情を読み取れないように――そう教わった。

 けれど彼女は純粋に、気持ちを真っ直ぐに受け取る。そして表情に出す。

 それが酷く羨ましくて、眩しく思えた。


「ねえ、今からでも?」

「え」

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