第28話 決意と共に受け入れましょう

 私の覚悟を再確認した後、いよいよ《疑似種子》を体内に取り込む――という話になったのだが、ここでハイド卿とそのご子息であるルディー様の意見が真っ向からぶつかりあったのだ。


「体内に取り込むのであれば液体化して含ませるべきだ。愚息よ、何度言えばわかる」

「それでは種子としての核が再結晶を行うまでに時間がかかるというのです、肉体への定着も時間がかかるではないですか!」

「欠片ごと飲み込んで肉体の負荷と拒絶反応を懸念しているのだ、お前は結果を出すことばかりに固執して居るではないか」

「それこそ慎重すぎる判断かと思いますが……」


 いざ《疑似種子》を取り込むとなった瞬間、親子で意見の相違なのか言い合いが勃発。どうやらこの三日間、ずっと同じ議論でぶつかり合っているらしい。

 話を聞いて改めてルディー様の研究者気質は顕在であり、マッドサイエンティスト並の狂気が言葉の端々から感じられる。こんなキャラだっただろうか。


「(確実に私の安否なんて考えてない……。でも、ゲーム設定では親子の会話すら無かったのに言い合うぐらいだから、家族仲は悪くない?)あの、討論中申し訳ないのですがハイド卿の提案で進めて貰ってもいいですか?」

「当然だ」

「当然の帰結だな」

「服用者の意見が第一だ。二人とも言い合いはそこまでにして貰おう」

「ぐっ……」

「陛下、お見苦しいところを。申し訳ありません」

「はははっ、構わない。そなたの息子も貴殿と渡り合えるぐらい成長したと思うと感慨深いではないか」

「ははっ」


 国王陛下の言葉にいがみ合っていた親子の言い合いは止まった。

 そんなこんなでワイングラスに入った真っ赤で液体を受け取る。


(……思いのほか泡立っておりドロリとした感じ、うーん、あ。スムージーに近い?)

「《疑似種子》だったものを一度、君の体内に液体として取り込むことで血と肉となり、器に定着させて拒否反応を防ぐ。肉体に定着すると胸元に緋色の紋章が現れるようになっている。多少時間はかかるが、安全で制御もしやすいだろう」

(リスクは小さくリターンは大きい感じなのかしら?)


 一周目はどうだったのかベルナルド様は知らない。恐らく公爵家を継いだばかりでそこまで情報が降りてきていなかったのだろう。あるいはそれどころではなかったとか。

 私個人を配慮しなければ核となる宝石を丸呑みさせられていた可能性は高いだろう。


(そう考えると私は運がいい。少なくともベルナルド様やお義父様は私の味方でいてくれるのだから……)


 私は一気にグラスを傾けて飲んだ。ドロリとした感じは見た目通りスムージーのようで、味はちょっとイチゴっぽいが漢方を飲んだような後味がした。

 飲んだあと体調などの変化は感じられなかったし、紋様などの兆候も見当たらない。

 ハイド卿はテキパキと体温などの簡単な診察を終え、お義父様に視線を向けた。


「体に馴染むのに早くて数時間、遅くても三日はかかるだろう。いざという時も考えてシャーロット嬢の身柄を我が家に預けて頂きたいのですが」

「却下だ――と言いたいが、娘に何かあってはそれこそ一大事だ。ベルナルド、お前が着いていてやれるな」

「無論です」

(お義父様とベルナルド様の息がぴったりなのは喜ばしいことだけれど、話がとんとん拍子に進んでいく……。私の意見を聞かずに……でも、有り難いかな)


 ルディー様は攻略キャラの中でお人好し&相談役ポジションで、魔導具の研究にも熱心な天才魔術師だ。魔法そのものではなく複雑かつ緻密な術式を組んで作り上げることを得意としている。


(服用者の安否を確認しない段階でお人好しかはやや、いやかなり怪しいけれど……)


 ルディー様のお父様は魔法や人体に流れる魔力回路の分野から打開策を模索し、ルディー様は魔導具に解決の糸口を見いだした。親子揃って魔力暴走を阻止するために時間と労力をかけている。

 ルディー様は普段温厚で喧嘩するタイプではないのだが、やはりゲーム設定のキャラとは少し異なる。ただこれはこの世界が二周目という特別な状況下だからなのだろうか。


(それともベルナルド様のご両親が健在なことが関係している?)


 これはベルナルド様から聞いたのだが、お義父様とハイド卿は国王陛下と同世代だという。なんとも胸アツの関係。親子世代からの交流があったのかと思うと、そのあたりのこぼれ話を是非とも伺いたい。


(ハイド卿の屋敷兼研究所で寝泊まり……ベルナルド様とルディー様が衝突したりはしないよね?)


 二人は幼なじみらしいが、あまり良好な関係ではない。ゲーム設定では特にベルナルド様のご両親が亡くなってからは、ルディー様との関係は悪くなる一方だった。

 決定的だったのは確か――。


「シャル?」

「え、あ――はい。ちょっと考えごとをしていました」

「顔色は悪くないが大丈夫か?」

「吐き気や気分が悪いとかは?」


 ベルナルド様とお義父様の隣にハイド卿が立っており、どこから取り出したのかバインダーを手にして会話に混ざっている。しかもさらっと。


「気分が悪いとかはないです」

「ふむ、体内の拒絶反応はなし。疑似魔力回路が形成できるまでは激しい運動などはしないでもらおう。それと夜更かしも駄目だ。急な目眩い、息切れ、胸が苦しくなるなどが起こったら、この薬を二錠ほど飲めば落ち着く」

「は、はい……」


 急に患者に対して真摯に向き合う医者のような態度になり、私が困惑しているとお義父様がこっそりと耳打ちする。


「アイツは昔から自分の患者に関しては真摯なので屋敷に行っても大丈夫だろう。何かあったら全力で息子を盾にするように」

「(ご子息を盾に、って……)お気遣いありがとうございます。お義父様」

「ああ、無理は駄目だからな」


 親身になって話を聞いて下さるお義父様の気遣いに胸が温かくなる。

 私は自分に向けられた視線に気付かずに浮かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る