第34話 ただいまと、それから
ハイド卿の屋敷で何事もなく過ごし1カ月経つ頃。
私の体に《疑似種子》が馴染んだことで疑似魔力回路も仕上がり
検診とはいえ、《疑似種子》の暴走にも備えて利用する部屋は広々とした空間で、防音魔法や防御魔法が常時展開しているらしい。ある程度問題が無ければ客間になるらしいが、広々とした空間を一人で占領しているようで申し訳ない気持ちがある。
なにより――。
「……ええっと、ベルナルド様、ルディー様も学校がありますよね? こんなに長い間休んでいても平気なのですか?」
「俺は休学申請を出している」
「私も父の仕事の手伝いがあるのでご心配なく」
ゲーム内でも二人の成績は常にトップクラスだったのだが、私のせいで貴重な青春時代を消費していいのだろうか。というか二人が休学と言うことは、アルバート殿下だけが登校している状態となる。
(あ、でも婚約者のベアトリーチェ様がいるから大丈夫……かな?)
「ルディー、こっちのチェックを頼めるか?」
「はい、父さん」
「仕事中は――んん、まあいい」
「はい、父さん!」
(あ、喧嘩腰じゃなくなっている)
あの日以降、ルディー様は父親と多少なりとも「会話する機会が増えた」と報告を私に教えてくれた。どうやら墓参りで父親の独白を聞いてから、少しだけ心の整理ができたという。そんな感じで検診の時はハイド卿の傍で喧嘩腰ではなく、普通にやりとりしているのを傍目で見て内心安堵した。
(これでヤンデレ化しなければ万々歳かも。魔力暴走は
ベルナルド様以外には「私の元の世界の言葉で『癒やし』を意味します」と誤魔化したのだが、本当の意味は「私の愛する人、ベル様」となる。
それをベルナルド様にだけにこっそり話したときは、彼は耳まで真っ赤になっておいて正直、ベルナルド様が好きすぎて引かれないか内心ドキドキしたのだが、杞憂だった。
「一周目でも俺関係(主にシャルを追い込んだせい)で暴走させてしまったからな、《疑似種子》はお前の心に強く反応しているのは間違いないはずだ」
「そうなのですね」
「……にしても、常に俺への愛を口にしながら
「……というと?」
ベルナルド様の意図が分からず小首をかしげると、彼は頬を赤らめ「鈍感」と反射的に言葉を返す。
「……常に俺のことを思っているみたいで気分がいいってことだ、言わせるな」
「あ。……ふふふっ、嬉しいです」
「その顔も禁止だ」
「ええ!?」
「二人とも仲がよくて羨ましいですね」
「ルディー様!」
「是非その定位置を変わってほしいものです」
バインダーを片手に記録をとっていたルディー様が私たちの間に割り込んできた。なぜ割り込むのだろう。ベルナルド様は素早く私の腰に手をやり密着する。歓喜の声を耐えた私を誰か褒め称えてほしい。
「絶対に断る。シャルの隣は俺だからな(よし、スムーズにシャルを抱き寄せられた!)」
(ベルナルド様がデレ期に!? どうしようニマニマしてしまう)
「はいはい。……シャーロットも、こんな男に愛想が尽きたらいつでも私の所に来てくれて構わないからね」
「その心配は無いと思います。私、ベルナルド様が大好きですから!」
それは本心で本当のことだ。
ルディー様は何かと口説いてくるが、それは単にベルナルド様に対しての嫉妬や劣等感から生じたもので、私個人に興味はないだろう。
それに申し訳ないが、思わせぶりな対応はせずお断りをする。下手に期待を持たせるとよくない――って、昔読んだ漫画にも書いてあったのですから。
(ルディー様ルートは結構好きだったけれど、死んでほしくない。全力でヤンデレ回避させてみせます!)
「ぐっ……。手強いですね。本当に」
「俺が言うのもなんだが、諦めた方がいいぞ? いや、本当に」
「うるさいですよ」
(あ、なんだかベルナルド様とルディー様にも友情が芽生えている? 仲良し)
そんなこんなで日々を過ごし、さらに二ヶ月後ハイド卿のお墨付きをもらって私とベルナルド様はマクヴェイ公爵家に戻ってきた。
もっともこれからも定期的に検診を受けつつ、問題が無ければ魔力暴走が起こりやすい王族貴族から
「お帰り。ベルナルド、シャーロット!」
「お帰りなさい、今日からまた一緒に過ごせるのね、嬉しいわ」
「ただいま戻りました」
「お義父様、お義母様! はい! ただいま戻りました!」
「おお、可愛い未来の娘と息子よ!」
「もう、本当に可愛いわね!」
屋敷に戻るとベルナルド様のご両親が温かく出迎えてくれた。熱烈な抱擁に嬉しくて泣きそうになる。
「(これでしばらくルディーの邪魔は入らないな)……やっとのんびりできる」
(今日からまたここで暮らせるんだ。ベルナルド様と一緒! 幸せ)
ふとハイド卿の屋敷に何度か来て下さった侍女が二人、後ろに控えていることに気付いた。金髪碧眼の美人な双子が黒の侍女服を着こなしており、エリナーとサリーは私の専属侍女らしい。
頼りになるお姉さんという感じで、私にもよくしてくれている。
(この世界の顔面偏差値って本当に高いなぁ。……というか、あの二人ってゲームシナリオだと悪役令嬢のベアトリーチェが雇った殺し屋に似ているのよね? 名前とかコードネームで二人の名前と一致してないし、スチルも遠目にしかなかったから違うかもしれないけど)
「シャル、屋敷に戻るまでにお前の部屋も新しく用意してもらったから見に行こう」
「え! 私の部屋をですか!?」
まさかのサプライズに驚いているのだが、さらにベルナルド様は私に手を差し伸べる。
ツンドラのベルナルド様はどこに、と言わんばかりの言動にキュンキュンしつつも私は喜んで彼の手を掴んだ。その姿を見てベルナルド様のご両親は目を潤ませていた。
「まあまあ、ベルナルドったら。昔のアナタを思い出すわ」
「そうだな。私の時は抱きかかえたまま馬車を降りて屋敷を案内したな」
「ええ。懐かしいわ」
ほのぼのしているご両親はそのまま当時を再現しようとして、奥様をお姫様抱っこしだした。なんというか公爵夫人らしからぬ言動だが、侍女や使用人たちは「いつものこと」と言った感じで温かな眼差しを向けている。きっとゲームシナリオの流れでお二人が亡くなってなければ、毎日がこんな感じだったのだろう。
(両親が仲良しなのっていいな)
「……俺は人前であんな風にはしないからな」
冷ややかな目で両親を見ているものの、私がお姫様抱っこを期待していると思ったのか声をかけてくれた。その気遣いだけでお腹がいっぱいだったりする。
「ふふっ、はい」
「……人前じゃなければ、してやらなくも……ない」
「!」
消え入りそうな声だったが私の耳には届いた。ずんずんと歩いて行くベルナルド様だったけれど、その歩幅も私に合わせてくれて、とても幸せだ。
久し振りのマクヴェイ公爵家の屋敷に足取りも軽く入り口ホールに入った頃だった。屋敷の門前に突如馬車がやってきたのだ。
マクヴェイ公爵家の家紋ではない。
白薔薇と剣の紋章。あれはベッキンセイル公爵家で、たしかベアトリーチェの実家だったはず。
「そこーーーー!
「!?」
「……また面倒なのが来た」
馬車のドアを蹴破らん勢いで降りてきたのは、黒と赤のドレスに身を包んだ悪役令嬢のベアトリーチェその人だった。
(ん、え? ベルナルド様じゃなくて私の名前を呼んだ? なんで?)
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