第17話 氷の貴公子ベルナルドの視点2
ほぼ壊滅状態で黒紫の棘が魔力を奪っていく。
王城と魔法学院は半分以上が吹き飛んでおり、アルバート国王とローマン教頭の魔力が消えていた。魔力暴走による自爆をはかったのだろう。
統率者を失い貴族たちは棘から逃れようともがくが、一度捕まってしまった棘に根こそぎ魔力を奪われていく。
王都は陥落しつつあった。
(この世界で
俺がシャルを花嫁として掻っ攫うことができたのは『万が一、《疑似種子》が暴走するようなことがあれば真っ先に殺害する』と前国王陛下に誓ったからだ。
そんな未来にはさせまいと動いておきながら、まったくシャルに寄り添えていなかったと猛省する。
堅牢な屋敷、数十人と集めた護衛者。
王都では彼女を政治の道具にしかねないと辺境地を選んだ。
なによりルディーが何か企んでいたからこそ、アルバートと相談して裏で色々と動いていたのも仇となった。
全ては俺が──、先送りにしてきた結果だ。
後悔ばかりが胸に募った。
***
王家と貴族たちを王都からなんとか逃した後、俺は踵を返して妻に会いに行った。
この暴走を止めるには彼女を殺すしかない。
《王家の番犬》としての役割をこなす。そこに私情を挟むことはなかった。
スイッチのようにオンとオフで感情が凍結する。
ここまで来るのに俺だけは魔力を奪われなかったのはシャルの無意識によるものか、あるいは種子を発芽させた原因が俺だからなのか。
ルディーの屋敷に着くと研究所は巨大な樹木が空を穿たんとそびえ立っていた。
研究所の書斎だった場所からルディーの復讐の経緯らしき日記が見つかった。
ルディーの復讐の理由を聞いても「まあ、そうだよな」としか思わなかった。俺は人に嫉まれて、怨まれて、幸せになってはいけない人種だ。
一時でも家庭を持つべきではなかった。
そうすれば少なくともシャルを巻き込むことはなかったのだから。
彼女の存在が国家にとって排除しなければならない対象になった今、自分の感情は削ぎ落ちて、作業の一工程とばかりに彼女の胸に刃を突き立てる。
眉一つ動かない。
「ベルナルド……さ、ま」
「ああ、そうだ。随分遅くなってすまない」
シャルと目が合った。本当に久し振りに、俺の姿が映った。
彼女を抱きしめたがとても小さくてもう冷たい。
すでに棘に体の半分以上取り込まれていたのに、それでも待っていてくれたと思うのは都合がよすぎるのかもしれない。
怨んでくれていい。彼女にはその資格がある。
呪って、罵って、憎悪と怨嗟のこもった眼差しを向けられても致し方ない。
そう思っていたのに、
「ごめんな……さい」
どうして彼女が謝るのだろう。
全部、後回しと先送りにして逃げていた俺が原因なのに。
仮面がどんどん剥が落ちて、感情が溢れてくる。
後悔と喪失と、自分への怒り。
「謝るのは俺のほうだ。……お前を一人にして追い詰めてしまった。謝っても謝り足りない(シャルが好き過ぎて眠ったあとこっそり寝顔を見ていたり、仕事の合間を縫って仕事姿を見ていたり会話しようとしても単調で、素っ気ないフリを続けた俺のせいだ。もっと会話をして、俺のヘタレ……クソダメなところを見せて……失望されたほうが……いや、失望とか嫌われたくない……ああ、クソッ、こんなんだから、こんなんだから俺はダメなんだ!)」
「ちが……。……だ」
違う。俺が全部台無しにしたんだ。
あの時、もっとシャルの思いを受け止めて、手を掴んでいれば。
ふと俺の胸元のポケットにしまっていた何かが淡い色を放つ。
それは父様から手渡された時戻しの懐中時計だった。生涯で一度だけしか使えない我が家の切り札。
両親が死んだときには何の変化もなかったのに。そう思い、父様の言葉を思い出す。
自分の大切な女、愛しい人の危機──。
今がその時なのだと悟った。
鈍い音がした。
背後から凍結が溶けた木の幹が
返り血をシャルに浴びせるわけにも、彼女の攻撃だと悟られてなるものか。
「シャル。俺がもっと早くお前に明かしていれば……。でも、もう大丈夫だ(……俺はお前には殺されないし、俺もお前を終わらせたりはしない)」
この時間軸では先送りにして逃げてばかりだったけれど、今度は逃げない。
そう決意したのだが、シャルには違って聞こえたのだろうか。
「──………を
ポツリと零した言葉がナイフのように胸に突き刺さる。
許されるなどと思ってはいない。
当然だ。
不用意に「大丈夫」と言ったことを恥じた。死に戻りの話を何もしていない中で、この言葉はあまりにも楽観的でシャルの怒りに触れるには充分だっただろう。
弁明しようとするが思いのほか口が回らない。
「今度はちゃんと、お前の思いに応えてみせる。だから──、どうか、待っていてくれ(時戻しでやり直せるなんて都合のいいことだと分かっている。でも、それでも、シャルを……手放したくない)」
「……を……
「──っ、シャル」
シャルは俺に失望したのだろう。
死ぬまで待っていてと解釈されてもしょうが無い。
ああ、本当に俺は彼女に対してどうして言葉を尽くしてこなかったのだろう。
「失望され、軽蔑されたとしても、もう一度だけシャルを愛するチャンスを俺にくれないか」
言葉は無かった。
もし時を戻してシャルの記憶が残っていたら──諦めるべきなのだろうか。
諦めきれるのか?
(無理だ。それでも俺は……)
「何をオカシなことを言い出すのかと思えば、来世にでも託すのか?」
「!?」
それはルディーの声だ。
声だけだった。魔力も感知できないのを鑑みると、魂だけの存在になってここに留まっているのだろう。相変わらず悪趣味な奴だ。
ルディーですら俺の言葉に来世だと解釈しているのだ、シャルも同じように受け取ってもしかたない。圧倒的にコミュニケーション不足だった。
(時を戻す。三年前、いや、それじゃダメだ……)
今の俺の魔力だと三年よりも前に戻るのは難しいだろう。
だから俺は床に落ちている《赤い果実》と同じ色の真っ赤な薔薇を口にして、無理矢理魔力を強化させた。
「あ、がっ……ぐっ」
体中に激痛が走ろうが、骨が悲鳴を上げ、血が噴き出しても耐えた。
シャルはもっと痛かったはずだ。
もっと苦しかったはずだ。
時戻りで、三年前、いや、あの時間軸に戻らなければならない。
(俺のことが……好きじゃなくなったとしても、俺との記憶を忘れてしまっても、……いやだけれど、それでも──シャルの笑顔だけは今度こそ、守ってみせる。たとえシャルが俺を好き……なってほしいけれど、好きにならなかったとしても……だとしても!)
懐中時計の針が逆回りを始め、金色の光が世界を包み込む。
温かな光の中で、シャルの唇に触れた。
バッドエンドの未来を寸前で時を巻き戻す。
絡み合った歯車が金色の光と共に一度だけ奇跡を起こした。
BAD END?
NO.
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