第18話 元悪役令嬢ベアトリーチェの視点1

 それはわたくしの親友シャルが辺境地に嫁いで三年目のことだった。

 何度も「王都のお茶会に来られないか」と招待状を送ったものの、色よい返事が来たことがない。あの冷血漢が丸くなってシャルを大事にしているのなら文句はないのだが、風の噂では公爵夫人シャルが領地経営に奮闘している情報が入ってくる。

 情報屋を頼んで調べてみたら旦那に対して献身的に尽くしているとか称賛の声も聞くが、夫婦円満で仲睦まじいという話題は入ってこない。本当にまったあああああああく耳に入ってこないのはどういうことか。


 そんな折、自称転生者を名乗る少女が謁見を求めてきた。

 ちょうど魔法学院に入学したという。彼女の名はエウレカと言いルディーの紹介で私とアルバート様国王陛下との席を設けた。

 防音設備の整った客間に通して、私たちは幼さが残る少女に座るよう促した。


「私は異世界転生者であり、この世界の――シナリオテンカイ、いえ予言のようなことができます」

「それは《DEMISEディマイズ・ OF FLOWERSオブ・フラワーズ》、通称ディフラに続編があるということかしら?」


 普段の口調はナリを潜め、王妃らしい口調でエウレカに尋ねた。彼女はそのタイトル名に目を見開き、何度も頷く。


「もしかして王妃様も異世界転生者なのですか?」

「そのような話を聞きかじっただけです。……それで?」

「あ、はい。シリーズ2は《魔法の種子》を持たない魔力無しで魔力吸収マジック・ドレインする令嬢が、様々な王侯貴族から魔力を奪い花女神の《赤い果実》を再現して自ら神になろうと画策する可能性が高いのです。いくつかのルートによってシチュエーションは異なるのですが、シリーズ2はその令嬢が鍵となって様々な厄災を振りまく火種となります」


 その言葉を聞いて背筋が凍りついた。《魔法の種子》がなくて魔力吸収マジック・ドレインを使う令嬢――シャルしかいない。ただ令嬢と言っているのなら続編ではシャルは誰とも結婚していないと言うことになるのだろうか。


「王都内に住む女性を探したのですが心当たりはないと……。それでルディー先生に相談をしたら王妃様と国王陛下との謁見する手配をしてくださったのです」


 ここでディフラプレイ経験者として違和感を覚えた。確かに続編やシリーズ化はあり得なくないのだが、あのディフラにしてはシリーズ2内容が薄い。

 ルディーがどのように聞きかじっているか分からないが、できるだけ彼女の情報を聞き出してアイリスと相談するのが得策だろう。


「そう。ところで続編のヒロインは貴女になるのかしら? そして攻略キャラや敵対する可能性のある名前、シナリオの展開もあるだけ詳細に話してちょうだい」

「はい! まずその魔力無し令嬢を囲って悪事を画策しているのは魔法学院ローマン教頭と、辺境に領土を持つベルナルド様です」

「へえ」


 シリーズ2ではベルナルド冷血漢が出てくるとは意外だった。どのルートでも大抵悪役で死ぬのだから。なによりこの世界ではシャルと結ばれている。

 国のために働く番犬であっても、妻を蔑ろにするようなことはしないだろう。

 ローマン教頭も花女神の復活を目論んでいたがアイリスに阻止されて、《花女神ガーディナル堕としフォールン》計画も頓挫した。あっちも紆余曲折ありつつも今は結婚しておしどり夫婦と呼ばれている。


「攻略キャラは?」

「あ。えっと……すみません、その部分はぽっかり忘れてしまって」

「(いやいやありえないでしょう。続編って言うなら新規キャラ入れるもんだからね!?)そう、……シナリオ通りだとどうなるのかしら?」

「ローマン教頭はシリーズ1で花女神復活計画が失敗したリベンジのため、令嬢を使って《花女神ガーディナル堕としフォールン》を発動するルートと、辺境の領地を持つベルナルド公爵様は令嬢に《赤い果実》を与え続け疑似花女神を生み出した結果、暴走させるというルートです」

「(あの冷血漢は、性格に関してはアレだけれど国への忠誠心は高い。それがなぜ?)……公爵が凶行には知った理由というのは?」

「シナリオでは辺境地は作物野育ちが悪く、国全体も凶作が続くことを解決するため疑似花女神を計画し少ない犠牲で領土を豊かにするのが目的だったそうです。ただ疑似花女神の暴走は想定外だったと語っていました」

(……なるほど。ベルナルドあの冷血漢とローマン教頭を悪役に仕立てたい勢力がいるってことね)


 ローマン教頭は自分の魔力暴走を食い止めるため長年に渡って花女神の研究をしていたから、信憑性はあったがその問題は私たちが解決した。だがベルナルドの場合、そうなるように周囲が貶めるのなら充分にあり得る話だ。正直、あの男がどうなろうと知ったことではないが、シャルが渦中にいるのはいただけない。


(シャルを不幸にする連中をどうにか一掃できないかしら)


 怒りと殺意がない交ぜになって手にしていた扇子をたたき割りそうになった。

 普段の私なら既に激高しているだろうが今は王妃としての仮面を付けている以上、粗相は許されない。「ふう」と悩ましげな吐息を漏らして落ち着かせる。


 シャルは昔からあの冷血漢が好きで、ずっと追いかけて、気遣って献身的にあの男だけを見ていた。あの男を選ぶぐらいならまだルディーの方がマシだと何度思ったことか。

 だからあの二人が恋仲になり、結婚するときはシャルの片思いが実ったと密かにうれし泣きしたほどだ。シャルは私とアイリスの袋小路だった運命を変えるキッカケをくれた命の恩人。


 そんな親友が使い潰される導具扱いされるなんて許せるはずがない。

 何よりシャルを幸せにしなかったら全権力を以て公爵を潰してやる。怒りに燃える私の手の甲に触れたのはアルバート様だった。


「ああ、最後に一つ。元の世界での名前はなんて言うのかしら?」

「え、あ……サクラです」

「名字は?」

「ありません。……その家が貧乏でしたので」

「そう、ご両親はいたの? 住んでいたところは?」

「はい。住んでいたところは……地名は、その」

「では住民届は?」

「たぶん、出しています」

「そう。もういいわよ」


 エウレカを退出させた。

 侍女たちを下げてから私は盛大なため息を吐く。国王と王妃の仮面を外した瞬間、私たちは溜息を漏らし、体が弛緩する。どっと疲れが推し寄せ来た感覚だ。

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