第15話 もう愛さない
連続的な爆発は連日連夜続き、ようやく静まった頃だったか。
「
耳馴染みのある声。
一瞬で凍り付く空間に、眠りつつあった意識が浮かび上がる。
重たげな瞼を必死で持ち上げると、男が姿を見せた。
全身真っ黒なコートに身を包み、手袋や軍服、靴までも黒で統一した――まるで烏のようで、薄らと旦那様の、ベルナルド様の姿が一瞬だけ見えた気がした。
絶対零度の冷気を纏って私の前に大股で歩み寄る。
私の死に神。
この頃には世界樹の枝は腕の太さほど大きくなり、薔薇の花はいくつも結晶化して床に転がっている。どれだけの人の魔力を吸い尽くしたのだろう。
夢心地の意識の中、ぼんやりと考える。
周囲は魔力吸収ができず、氷によって凍結していく。
(ああ、ベルナルド様の氷華魔法……で、樹木そのものを凍結した?)
「――、――――」
声をかけているように、よく聞こえない。
ベルナルド様が私を殺す。
この世界にとって厄災そのものとなった私を終わらせてくれるが、ベルナルド様でよかったのかもしれない。
(ああ、でも、嫌な役を押しつけてしまった……)
そういえば、どうして私はあのゲームの中でベルナルド様に惹かれたんだろう。
とても大事なことだったのに、思い出せない。
魅力的な攻略キャラがたくさんいたのに、どうして――?
『俺もいつかこんな風に何処ともしれない場所で野垂れ死ぬんだろうな』
土砂降りの中で立ち尽くす少年が呟いた言葉。
自分が今し方殺した男を見てそう呟いた。
誰にも見つけてもらえず、ただ一人でひっそりと死ぬ。
一陣の風が私の中に吹いた。
「あ」
そうだ。
私はこの一言で彼が好きになった。
裏社会を取り締まる存在として幼い頃から殺しの技術を仕込まれ、心を殺す術を見つけたら彼が子供ながらに自分の未来を察した言葉。
それが酷く胸を衝いた。
『誰かに看取られて死ぬことは贅沢だ』と彼に言われた気がしたのだ。
元の世界で、私の寿命は十九歳まで生きられるかどうかだった。
私にとって明日が来ないかもしれない。
何も残せないまま死ぬのは怖い。
でも彼にとって死ぬことより『死に場所』を憂いていた。
だからこの世界で彼を見た時に、彼が独りぼっちにならないように傍にいようと決めたのだ。もし死ぬときが来ても冷たい地面や誰も知らない場所ではなく、ベッドの上で沢山の孫やひ孫に囲まれて――死因は老衰一択だと。
彼の悲しい死を避けたいと、最初は些細なものだった。
それが私、シャーロット・フォン・クリスティとして選んだ生き方だ。
私の寿命は
失っていた彼への思いが奪われていたはずなのに溢れ出てくる。
鈍い音がした。
胸に突き刺さる氷の刃。
痛みはない。
赤銅色の鮮血が、散りゆく花びらに見えて自分の死を悟った。
後悔ばかりが押し寄せる。
私の目の前にベルナルド様がいるはずなのに、自分で立てた目的は結局果たせないまま。
「ベルナルド……さ、ま」
「ああ、そうだ。随分遅くなってすまない」
低いバリトンの声。
死ぬ間際なのか、彼の声と姿が見えた。
私を抱きしめる温もりはとても温かくて、汗ばんだ彼の匂いがとても愛おしい。
愛されていないかもしれないと不安を抱えたまま、ここまできてしまった。
死にたくない。
そう思いながらも私のせいでたくさんの未来を大きく歪めてしまった。
「ごめんな……さい」
「謝るのは俺のほうだ。……お前を一人にして追い詰めてしまった。謝っても謝り足りない」
「ちが……。……だ」
声が上手く出ない。
口から血が出て鉄の味で気持ちが悪い。
私がベルナルド様に相談をしていれば、
いいや。そもそも推しであった彼に思いを寄せて、結ばれようとおこがましい行動を起こしたことがきっかけじゃないだろうか。
大好きな人の傍にいることだけが愛じゃない。
むしろベルナルド様の幸せのためにも、私は好きだと告げなかった方がよかったのかもしれない。
それこそルディー様の気持ちに応えていれば
間違いなく
「シャル。俺ももっと早くお前に明かしていれば……。でも、もう大丈夫だ」
そう言ってベルナルド様は、ほんの僅かに口角が上がった。
あの世で待っていろとか言うのだろうか?
視界が暗くて、もう何も感じない。
全然大丈夫じゃない。
私が上手く立ち回っていたらこうはならなかった。
親友を巻き込んで、愛しい人に嫌な役を押しつける。
そんな自分が――
許せるはずがない。
「今度はちゃんと、お前の思いに応えてみせる。だから――、どうか、待っていてくれ」
それは幻聴だったのか、あるいは私に都合のいい夢だったのか。
私は言葉を絞り出す。
これ以上、ベルナルド様の足を引っ張るのはダメだ。
私が自分の思いを優先しなければ、
私の大好きな人たちが辛い思いをして、死んでしまうのなら私は自分の恋を諦めよう。
自分の役割を全うしてアイリスや、ベアトの幸福を見届けて――この恋を秘めたまま伝えなければきっと未来は大きく変わったはずなのだ。
私が自分の幸せを優先したから――親友を失い、大切な人に大きな傷を残してしまう。
もし時が巻き戻せるのなら、そう考えて私は口元を緩めた。
ここは現実で、ゲームとは異なる。
あと数秒で死に逝くのに何ができるだろうか。
何がベルナルド様に残せるだろうか。
ベルナルド様のことを忘れない。ああ、自分でも重いと思う。
ちがう、そうじゃなくて……。
(ああ、考えがまとまらない……。何も……残せなかった)
「――っ、――」
唇が温かい。これはキス?
確かめようにも瞼は重くて開かない。
私の意識はそこで途切れた。
GAME OVER.
BAD END?
NO.
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