【最終話】第53話 妹(アントン視点)
ルーはフィンに関わらないようにしていたけど、いつだってこっそり目で追っていた。
国のためにリズベッドのために俺のために駆け回るルーに、フィンが惚れるのも早かった。前回のことがあって人に頼ることが苦手なルーが、一生懸命に走り回ったり強がったりしている姿は本当に可愛いからフィンの気持ちも分かる。
二人の気持ちを知った俺は、ルーを婚約者にしてしまったことを後悔した。まぁ、俺の計画上、仕方がなかったんだけど……。
ブライアンには根回ししておいたけど、フィンがよそ見しないでくれてホッとした。まぁ、よそ見なんてするような奴だったら、ルーは渡さないけどね。
フィンならきっとルーの笑顔を一生守り抜く。肩の荷が下りたような、悔しいような複雑な心境だ。まぁ、俺の気持ちは横に置いておこう。
俺のやり直しの目標は、やっと達成された。
ルーは過去に打ち勝ち、前を向いて幸せを掴んでくれたんだから。
「長かったような、ほんの一瞬だったような……」
妹と助け合い、妹の成長を見守った十五年は、俺にとっては幸せで楽しい毎日だった。
前世もこういう未来があったのかと思うと、そうすれば妹を苦しませなかったのかと思うと、切なくなるが……。前世あっての今なんだと思うことにしている。
二十二年前、創世の女神は、やり直しの扉を前にした俺にこう言った。
「お前には『破滅の加護』を与える。今度こそ上手くいかなければ、加護を使って全てを終わらせればいい」
神様らしい取りすました顔をしていたが、化けの皮一枚剝げば悪魔のように狡猾で厭らしい笑顔をしていたはずだ。
だって、そうだろう? こんなことは女神の悪戯なんかじゃない! 女神は俺を試したどころか、俺で遊ぶことにしたんだ。
加護を使うような未来にはしたくないが、使うことがルーを守ることに繋がるなら、俺は躊躇わずに使っただろう。
だってリズは産まれた時から特別な、俺の妹だったから。
産まれたばかりのリズと初めて会った日のことは、今でも忘れない。
金色に輝く豪華なベビーベッドの天蓋からは、白いレースがフワフワと揺れていた。そんなお姫様専用のベッドに、一人転がされていたリズ。
一緒にいるはずの母はリズに全く見向きもしないどころか、この部屋には一度も足を踏み入れていない。王妃が愛さない赤ん坊の扱い方なんて分かるはずもなく、乳母を始め使用人達もリズによそよそしい。
リズは孤独な赤ん坊だった。
そんな一人ぼっちのリズが、一人ぼっちの俺を見て微笑んでくれた。
この愛らしい無垢な笑顔を、俺が守ってあげなくちゃと思ったんだ。
リズを俺みたいに一人ぼっちにしたくないと、辛い思いをさせたくないと、心から思ったんだ。
身勝手な大人からリズを守れるのは、俺しかいないと思ったんだ。
だって俺も、城の中で孤独だったから。
両親は俺にも無関心で、見向きもしない。周りの大人は俺を「馬鹿だ」と見下しているくせに、未来の王だからと擦り寄って来る。そんな全てが気持ち悪くて仕方がなかった。何もかもが吐き気がするほど嫌だった。
そんな色褪せた世界にいた俺に、リズが鮮やかな光と色をくれたんだ。
でも、リズが五歳になると、限られた人間以外はリズに会えなくなった。兄である俺でさえも……。
しかも、リズの周りの人間は国王や宰相から口止めされているのか、俺がリズの様子を聞いても絶対に教えてくれない。唯一の例外がブライアンだった。
「この城で姫様を気にかけているのは、私以外はアントン殿下しかいません……」
そう言って、周囲から隔離されている妹の様子を教えてくれた。
ブライアンが来てからは、少しずつリズの笑顔が増えてきているのは嬉しかった。その役目が自分ではないのは、やっぱり残念だったけど。
ずっと長いことリズとは話せなかったけど、きっとチャンスはくるはずだと俺はその日を楽しみ待った。
そう、楽しみにしていたはずなんだ。
でも、俺はそれを忘れて、初めての恋に溺れてしまった……。
孤独で周りから馬鹿にされていた俺は、俺を褒めて俺を認めて俺を許してくれるマーゴに惹かれた。いや、騙されたのか……。
国が乱れるほどマーゴに貢ぎ、国民からの批判を浴びた俺は、気づいた時にはどん底まで落ちていた。
俺は後悔した。死ぬほど後悔した。
王太子の地位を失ったからじゃない、世間から嘲笑われるからじゃない。後悔した理由は、そんなことではない!
自分の愚かな行動のせいで城からから追い出されてしまい、リズが本当に辛い時に側にいられなかったからだ。リズを一人にしてしまったからだ。
俺は初めて会った日にリズに誓ったことを、忘れてしまっていたんだ……。
やり直し人生で初めてルーに会った時は、衝撃的だった。
「絶対にリズだ! 俺の妹だ!」
俺はそう確信した。
ルーリー・アッカーベルトと名乗る少女は、リズであったことを覚えていなかった。
知らずにいる方が幸せなのか? 一瞬そう思ったが、すぐ思い直した。あの創世の女神という名の悪魔が、そんな温い未来を用意しているはずがない。必ず幾重にも絡んだ
俺はルーが過去に打ち勝てるよう見守るために、縋って脅して側に置いた。
今度こそルーを守りたかったんだ! なんて、それは俺の言い訳だ。
本当は、ルーの隣にいたかっただけだ。
笑ったり怒ったり悲しんだりするルーと、今度こそ一緒に過ごしたかった。初めて会った日のリズがそうだったように、俺の手でルーを笑顔にしたかった。
でも、俺のその役割は、もう終わった。
兄と妹の時間って、本当に短いものなんだな。
残念だけど、仕方がない。
この質問ができる幸せを噛みしめて、俺は愛しい妹を見た。
俺と目が合ったルーは、赤ん坊だったあの日のリズみたいにニッコリと微笑み返してくれる。
「ルー、幸せか?」
ルーが恥ずかしそうにおずおずとフィンを見あげると、フィンが驚くほど優しい顔で応えた。
フィンもそんな顔ができるんだなと思っていると、ルーはホッとしたようにフィンと同じ優しい顔で見つめ合っている……。
ようやく俺を思い出して、こっちを見てくれた時には、なんかもう全身むずがゆかったけど。
でも次の言葉が、全てを吹き飛ばした。
「ありがとう、アントン。幸せだよ!」
ルーのその言葉に、不覚にも俺は、また泣いた。
俺は前回も今回も、妹のこの幸せ溢れる笑顔が見たかったんだ。この言葉が、聞きたかったんだ。
やっと、やっと見ることが叶った! 最高だ!
「ありがとう、俺も幸せだ!」
おわり
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
これで完結です。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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【完結】死に戻ったら、前回疎遠だった兄に懐かれました。残念な兄は私を助けてくれているつもりです。 渡辺 花子 @78chan
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