第52話 兄

 春から夏に季節が一つ進んだと思ったら、虫の音が聞こえるようになり、もう秋が近づいてきている。国王や宰相の裏切りという衝撃の事実は、人々の心の中からも薄れてきていた。

 色とりどりの春の花が散っても、夏は夏で葉が茂り花が咲く。そうやって日常は、何事もなかったかのように進んでいくんだ。


 全てが終わった。


 果てしなく長く苦しめられていた気もするけど、終わりはあっけない。

 国王も宰相もクラウスも裁判にかけられ、もうすぐ処罰が決まる。

 公開裁判に集まる国民から射るような視線と罵声を浴びせられて、三人は相当参っているらしい。もちろん、極刑は免れない。

 何もしていなかった王妃も、既に辺境で幽閉されている。もう二度と会うことはない。


 四角く切り取られた空は今日も雲一つなく青いけれど、あの四人にはきっと別の色に見えているのだと思う。




 書類に文字を書きかけて物思いに耽る私に、アントンが不思議そうに声をかけた。

「どうしたの? ぼんやり窓の外なんて眺めて」

「前回私達を苦しめて最悪のシナリオを構成した人達は、みんな舞台から去ったんだなと思って……」

「前回は抗えない大きな力に感じられたけど、今回はなんだか結構あっけなかったような気もする」

「私もそう思ってた。やっぱり、一人じゃなかったからかな? ずっとアントンがいてくれたし……えっ?」


 アントンが、また泣いている……。

 感極まるようなことを言ってないけど、アントンはずっと忙しいから情緒不安定なのかも。


「……ごめん。前回はリズを見捨てたも同然だったし、今回は今回で苦しむルーを見ているしかできなかった。全然役に立ってなかったのに、そんな風に思ってもらえて、やっぱり嬉しい……」

「『ルーは過去を忘れる気がないんだ』って私に言ったのアントンだったのに、逆転してるよ? 前回はアントンだって騙されてたんだし、今回は創世の女神との制約があったんだから仕方がないよ。私はアントンのお陰で、私は前に進もうって決めたんだよ? ずっと側にいて助けてくれたアントンには感謝しかないよ」

「うぅぅぅ、ルー!……」

「はい、席に戻って!」

 感激のあまり飛びついて来ようとしたアントンを受け止めて、執務机に戻したのはフィンだ。


「おい! 感動の抱擁を邪魔するなよ!」

「うるさい! ルーの側にいたのはお前だけじゃない! アッカーベルト家だって、俺達だっていた」

「その中でも俺が選ばれたからって、イライラするなよ!」

 二人の言い合いは、どうせしばらく続く。これもいつものことだ。




 過去に戻る扉を通ったと告白した日のアントンは驚くほど堂々としていたけど、今は元のアントンに戻っている。そのせいで周りから『あの日のアントンに戻れ!』と再三催促されていて、その度にアントンはとても不服そうだ。

 でも、前に比べたら随分仕事をしてくれるようになったし、責任感も出てしっかりした。それはみんな分かっているけど、アントンを前にすると何だか文句が言いたくなるんだと思う。愛されキャラ、なのかな?

 私はあの日のアントンが、実は少し苦手。

 前世も今世も、ちょっと狡くて空気を読まずにマイペースな今のアントンに慣れているからかな? 今のアントンの方が、一緒にいて落ち着く。


「あーもう、リズベッドの護衛に戻れよ! 命令だ!」

「残念だけど、王族の命令一つで俺の人事は覆らない」

「分かってるよ! そういう仕組みに変えたんだから! ちょっと言いたかっただけだろう!」

「王族の評判をこれ以上落とさないためにも、控えた方がいい」

「それを言うなら、お前もだろう? ルーが俺の補佐官だから、俺の護衛になったって公言するの控えた方がいいぞ」

「本当のことだし、周りへの牽制も兼ねているからいいんだ。敵は手強いから、まずは外堀から埋めないと」



 

 フィンの言う敵は、アッカーベルト我が家だ。

 フィンは私との婚約を申し込みに、父に会いに来てくれたんだけど……。

 まさか父とベニスと兵士達が玄関で待ち構えていて、取り囲まれるとは思いもしなかった。


「ルーに懸想をしようなんて、百年早いわ!」

 地響きでも起こりそうな父の声が聞こえると、隣からも魔王のようなベニスの声が聞こえてきた。

「アッカーベルトの姫を奪うつもりとは、我々を敵に回す覚悟があるのだな?」

 そんな二人と大勢の兵士を、フィンも迎え撃った。

「みなさんには悪いですが、ルーを一番幸せにできるのは俺です」


 そう言って敵陣の中で毅然と笑うフィンはかっこよかったけど、あの時の殺気は「どこの戦場だ?」というレベルだった。


 私との結婚を許しを得るために、あの日からフィンは日々父やベニスと戦っている。連日過ぎて、アッカーベルトの鍛錬場の日常になりつつある。

 おまけにサートンまで、この戦いに参戦できるように必死で稽古中。フィンは「すぐに終わらせる!」と言っているけど、長い道のりになりそう。

 もちろんフィンには申し訳ないと思うけど、家族の気持ちが嬉しいと思ってしまう私もいる。


 ずっと自分が幸せになったらいけないと思っていたから、家族に愛されていることに後ろめたさがあった。それがなくなったせいかな? 今までだって家族に愛されている実感はあったけど、今は前の比ではないくらい愛を感じている。

 こうやって大切な人達が「幸せになっていいんだ」って態度で示してくれるから、愛されていることを実感できるから、私は前に進む勇気を毎日もらえている。




「アントンもフィンも遊んでいる暇ないよ? その書類終わった? まだまだあるんだからね? アントンが国王になるんだからね?」

「……はぁ、暫定とはいえ、頭が痛い。俺は前に進みたくないよ……」

 アントンは執務机の上でべちゃりと溶けたと思えるほど、ぐったりと倒れ込んだ。


 アントンはブロイル国の国王になる。

 暫定と言っているのは、この国が共和制に変わろうとしているから。

 この十五年の間に私とアントンは過去を変える以外にも、腐った政治を正そうとしてきた。それが上手いこと土台となって、国民も立ち上がろうとしている。まだまだやらなくてはいけないことが山積みだから、アントンは生涯国王かもしれない。

 それでも私達が動いた分だけ未来が変わる手ごたえを感じている。着実に前に進んでいる。


 私の未来を変えてくれたアントンは、きっとこの国の未来も変えてくれる。

 なぜか私は、そう確信している。

 だって、アントンは、私の自慢の兄だから。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

次の最後の話は、アントンの視点です。

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